うつ病ガイドラインの検討 医薬ビジランスセミナーでの発表の要約

10月22日セミナーの2日目,うつ病ガイドラインの検討という大きなテーマでの全体討論で「うつ病治療はいかにあるべきか?」と題して問題提起しました。
うつ病キャンペーンの普及により誰もがうつ病に仕立てられ抗うつ剤が処方される可能性が増しています。すべての抗うつ剤がうつ病以外に非特異的な「うつ 状態」にも適応があり抗うつ剤の使用に歯止めがないといってもいい状況です。私は,うつ病が正しく診断されたとして,適切な治療はどうか,抗うつ剤の根拠 はどれほどか,を検討しました。
まず,うつ病(性障害)の国際診断基準を示し,単純な落ち込みや元気のなさはうつ病とは区別すべきであることを示しました。Cochrane Database of Systematic Reviews を中心に,うつ病治療の根拠を探りました。要点は以下のとおりです。

①重症うつ病では,症状軽減の点で古典的な三環系抗うつ剤(TCA)が(選択的)セロトニン再取込み阻害剤
(SSRI)にまさる。
②外来(軽症)うつ病ではTCAとSSRIに効果の点で差はない。
③軽症ないし中等度のうつ病では,認知療法が抗うつ剤よりも有効である。
④TCAとSSRIは有害作用のプロフィルが異なるものの,SSRIの有害作用は少なくない。
⑤SSRIはTCAよりも数倍高価である。
⑥検討したガイドラインがすべてSSRIを含む新規抗うつ剤を薬物療法の第一選択にあげているのは問題であり,
SSRIは薬物療法の第一選択にならない。

実践的な考慮として以下を提起しました。

①軽症ないし中等度のうつ病ではまず認知療法を考慮し,熟練していない治療者や患者の好みによっては抗う
つ剤も考慮する。
②中等度ないし重症うつ病ではまずTCAを考慮するが,益対害,費用対効果を考慮して抗うつ剤を選択する。

つづいて,プライマリケアの立場から,斉尾武郎氏が精神科現場でのうつ病治療についての混乱やプライマリケア医の 役割について刺激的な問題提起をされました。JIPの浜六郎氏は,SSRIのパキシルと自殺や攻撃性との関連,耐性の可能性や離脱症状について警告されま した。HIV訴訟原告の花井氏はインターフェロンで生じた,うつ病の苦しみや治療薬としてのパキシルの切れのよさ,および離脱症状の体験などを生々しく報 告されました。
討論では,うつ病を疑う場合にプライマリケア医が診るのか病院の精神科医か診療所精神科医が診るのかといった,やや感情的な議論が先行しかけましたが, フランスの独立情報誌プレスクリル・インターナショナル編集長のクリストフ・コップ氏が,よく教育された医師が診るべきであるとまとめてくださいました。 SSRIの適応が拡大しており,SSRIという命名自体も製薬企業が売り出しのために考えたものであることも言及されました。
うつ病概念の拡張やSSRI万能論が全盛の現状に反論を示すことができたのではないかと思います。

(2006年11月)