子どもの虐待の防止(2009年6月)

1990年日本で始めて「子どもの虐待の防止・予防」を取り組むために設立された団体である「児童虐待防止協会(大阪市)」主催の「子育ての変貌と子ど も虐待〜子育て実態調査と子育て支援ボランティア活動より〜」と題する講演会に医問研会員のKさんや保育士の友人と共に参加しました。講師は原田正文氏 (精神科医・大阪人間科学大学教授)でした。
原田氏は大阪府内の保健所勤務や「大阪府こころの健康総合センター」で小児・思春期外来を担当されながら,約2000人を対象とする子育ての大規模な実 態調査(1980年:大阪レポート,2003年:兵庫レポート)を実施されてきました。今回の講演では,20数年を隔てる,この二つの調査結果に基づい て,子育て現場の急速な変貌を明らかにされたあと,「今後の子ども虐待予防・子育て支援の方向性」を提起されました。
調査での質問結果の一部を列記します。
「自分の子どもが生まれるまでに,他の小さいお子さんに食べさせたり,オムツを替えたりしたことはありますか」
なかった:2003年56%,1980年41%
「近所にふだん世間話をしたり,赤ちゃんの話をしたりする人はいますか」
いない:2003年3歳児の母親17%,4ヶ月32%.1980年3歳半14%,4ヶ月16%
「育児で,いらいらすることは多いですか」
はい:2003年3歳44%,1歳半32%.1980年3歳半17%,1歳半11%
「お父さんは育児に協力的ですか」
はい:2003年3歳65%,4ヶ月79%.1980年3歳半34%,4ヶ月39%
原田氏はデータを提示しながら,
1) 親の経験不足の増加
2) 地域で孤立している母子カプセルからの解放の必要性
3) 子どもを持つ前にイメージしていた育児と実際の育児とのギャップがイライラ感・子育て負担感を高めている
4)「自己実現」をテーマに育てられてきた女性が「母親としての役割」とのバランスの取り方に悩んでいる
5) そのため,父親が協力的でも母親のイライラや子育ての負担感は解決しないのでは?
との評価をだされました。その上で「子育て支援の基本戦略(1)」として,
1) 親子の出会いの場を増やし,ひとりぼっちの親をなくす取り組み,
2)「子育てサークル」などが,グループ子育ての場としての本来の機能が発揮できるように支援すること,
3) 学習を組織していくこと
などを提言され,1980年代始めにカナダで導入された「Nobody’s Perfect(誰も完全な親ではない)」プログラムを進行するファシリテーター養成講座を紹介されました。
原田氏は,自然発生的な「子育て自主グループ」の活動を「希望の灯」として,子育てグループのネットワーク「こころの子育てインターねっと関西」を 1995年に服部祥子氏(精神科医)らと共に立ち上げられて支援活動を続けてこられました。その活動の延長線上に今回の講演内容があったように思います。
私も同じ頃,勤務先のH病院で臨床心理士,保健師,看護師,保育士らと共に,妊婦検診や乳児健診で気になったお母さん達に参加を呼びかけて「母と子の遊 びの教室」と名づけた子育て支援を始めていたので,上記のネットワーク設立集会に参加して服部先生の記念講演をお聞きしました。(ちなみに,保健師のKさ んも参加されていたそうです。)
私達の「遊びの教室」は昨年まで,10数年間続けることが出来ましたので,初期に参加していた子どもたちは中学生になっています。診察室の中だけでは経 験できないお母さん達との交流によって,子育て状況の変貌を幾分かは感じ取れて勉強になったように思います。病院の中での集まりでしたので,「子育て自主 グループ」のお母さん達とは元気さ加減が違うかもしれませんが,それでも初期の頃のお母さんたちは,病院以外の場でつどう力を持っておられたように思いま す。この10数年の間に,子育て世代の「人とつながる力」の弱まりを感じるような雰囲気を経験するようになったので,原田氏の「市民主体の子育てネット ワーク」は健在なのかなぁ〜とか,サークルに参加できない,外へ出れないお母さんへのサポートをどうするのかなぁ〜と考えていると,「子育て支援の基本戦 略(2)」として,困難事例には,専門職が前面に立って積極的にかかわることを挙げられました。
そして最後には,「子育てをする人生を選んで,良かった!と言える街づくりを!」「虐待そのものの発生を予防するには,現在の子育て環境を改善すること が急務である」と講演を結ばれました。そのためには,為すべき課題が多すぎるよなぁ〜と愚痴っぽく思いつつ帰途につく私でした。

2009.6 I