福島原発被害で問われる医療者の専門性とは何かー小児科学会長見解批判

東京都金町浄水場の水から3月23日基準値をこえる210Bq/Lの放射性ヨードが検出され、乳児への水道水摂取制限が促された。今回の原発事故後にあわてて定められ水道水中の放射能の暫定基準300Bq/L、乳幼児の基準100Bq/Lを越えたため発表されたものである。ミネラルウォーターの買い占めなどの中、3月24日、日本小児科学会長ら小児関連3学会長名で放射性ヨウ素混じりの水道水摂取についての共同見解が発表された。いわく指標値は年単位での摂取した場合の設定であり短期間の摂取では乳児であっても健康に及ぼす可能性は極めて低い、乳児の水分摂取必要量は多く飲料水が確保できない場合は水分摂取を優先させること、を前提に、

1)母乳栄養児の母は制限なく食事し母乳栄養を続けること、

2) ミネラルウォーターでの調乳は可能だが煮沸すること、硬水はミネラルが多く乳児に過剰な負担を与える可能性があり、この場合は水道水を。

3) 離乳食児は人工乳を減らしても可、

4) 人工乳のみの児は代用水が確保できなければ水道水をといった内容である。

主張の根拠となるデータの提供もなく、ミネラルウォーターよりもミネラル分の多い水道水もあるのに(硬水はミネラル200mg/L以上、水道水のミネラル基準は300mg/L以下、一般のミネラルウォーターは50mg/L程度)といった具合に全く非科学的な見解であるが、放射線被ばくに対し、専門職であるはずの医師が、必要な情報の提供を隠しているという、見過ごすことのできない問題をはらんでいる。

1. 水道水中に放射性ヨウ素が検出された状況について見解は語っていない

WHOの放射線核種のガイダンスでは放射性ヨウ素については10Bq/L以下となっており、今回の検出量210Bq/Lはガイダンスの20倍である。後で見るように、がんへの影響を考えた場合、安全な放射線値は存在しないので、このガイダンス自体問題ではあるが、いまもっとも強調すべきなのは、放射能量が少なめということではなく、半減期が8日という短い放射性ヨウ素(自然界には存在しない)が浄水場から検出されたということ、人体特に小児に最も影響の大きい放射性ヨウ素による放射能汚染が現在進行形であり、今後の量も不明ということである。見解の内容に言及するなら、このくらいなら水道水は安全かどうかというレベルの話ではなく、検出されたこと自体の意味と対応に言及すべきである。放射性ヨウ素の危険性を語り、その影響を最大限減らすための方策と政府への提言が学会長が緊急の見解として語るべき内容だと考える。

2. 水道水中の放射性ヨウ素の安全値は存在しないー見解は放射線被ばくを無視

次に210Bqという放射性ヨウ素検出量について考えてみたい。飲料水中のWHOの放射性ヨウ素基準10Bq/L以下という値の根拠は、ICRPの一般人の年間許容線量の1/10である0.1mSvを上限とし、一日2Lを一年間飲んでの合計0.1mSvになるという計算量が10Bq/Lというだけ、いわば計算量に過ぎない。めまい、頭痛などの急性症状は250mSv位ででてくるので、急性症状という観点からは間違いではないし、学会長が今回の210Bqを「健康に及ぼす可能性は極めて低い」とするのも正しい。が、医療は単なる算術ではない。がん化の問題として考えるとき微々たる量だからという尺度は通用しない。ICRPも建前上は認めているように、放射線由来のがんにはこの値以下は安全であるという量が存在しないからであり、ごく低線量に見えても内部被ばくという問題があるからである。したがって水道水中の放射性ヨウ素の安全値はない。見解は微々たる量ではあっても、がん化の問題に言及、対策を論じるべきである。放射性ヨウ素による低線量被ばく、特に内部被ばくとがんについては、対策も含めてチェルノブイリによる小児甲状腺がんが参考になる。その情報を伝えることが今の状況の中で本来専門家がすべきことである。

3. チェルノブイリでは内部被ばくによる小児甲状腺がんが異常に多かった

放射性ヨウ素は半減期が20時間くらいのものや8日ぐらいのものもあり、短い。ヒトに取り込まれると10-25%は甲状腺に集まり、そのほかは排泄される。したがってその影響は甲状腺に集中し、内部被ばくを起こす。一方小児の甲状腺がんは極めてまれで、通常は世界的に10万人に対し0.5人位の発病率であり、増加をとらえやすい。

図は国連による(UNSCEAR2000)チェルノブイリ周辺3国の事故時14歳以下だったヒトの小児甲状腺がんの報告である。被ばく後わずか4-5年で増加をはじめ、1995年にはロシアで12/10万人となった。3国合計で2000人以上が発病した。局所的にはベラルーシのゴメリ県で1000人に2.5人発病した地域もあったという別の報告もある(ちなみにこの調査にあたったのが長崎大学の山下氏らである。チェルノブイリ事故後の影響は大したことはなかったという昨今の発言は自らの研究を否定するということであろうか)。一方、チェルノブイリ以後に生まれた小児での甲状腺がんがほとんどないという結果も多く、異常な小児甲状腺がんの増加は放射性ヨードによる被ばくの結果であることは明らかである。異様な増加は放射性ヨウ素に汚染されたミルクや飲料水の摂取によるという部分も多く、チェルノブイリから300ないし400km離れた地域でも5倍発症したことをみても、放射性ヨウ素による内部被ばくがいかに危険であるかがわかる。危険を知らせ、できうる最大限の対策を示すこと、これが専門家の態度である。

4. 結論ー見解は犯罪的である。

水道水から放射性ヨードが検出された以上、量にかかわらず内部被ばくをできるだけ防ぐべく、飲料水として利用しないようアナウンスし、代替水を政府に呼び掛けるのが学会長としての立場である。場合によっては食べ物や退避勧告を政府に迫ることも必要となろう。