福島の小児甲状腺がん多発を「スクリーニング効果」とすることへの反証(NEWS No.455 p01)

チェルノブイリ事故後、多数の甲状腺がんが発見されたのは、「第一にスクリーニンが実施されたためによるものだとされた」「実際、チェルノブイリ事故後、甲状腺エコーと針生検によって、予期できないほどの多数のがんが発見された」「これらの発見についての一つの見解として、もっと年齢が大きくなって診断されるはずのものが、早く発見されたのだろう、というものだった。」しかし、「同じ地域で事故後に生まれた同年代の子どもの、その後のスクリーニングではがんが発見されなかった」ことにより、その主張が否定された、とする論文1)がある。これは、1990年代前半に主張された、いわば「スクリーニング効果説」を否定した文章である。
この論文の著者の一人が山下俊一氏である。ところが、なんと同じ主張が当の山下氏を筆頭に日本の「専門家」達によって表明されている。2)3)

2002年の、25千人以上のスクリーニングで甲状腺がんの発見ゼロ】

チェルノブイリ事故後、しばらくしていくつかのスクリーニングが実施された(表1)。それまで甲状腺がんが一定期間に発生した率が100万人に0.3-2人とされていた地域で、例えばゴメリでは一時期約500人に1人のがんが発見された(注)(表1,2)。しかし、そのゴメリでさえ、2002年になり、事故後に生まれ被曝が少なかった14才未満のこどもたち25,446人に実施されたスクリーニングでは、甲状腺がんは0人であった(表1)。もしも、スクリーニングによって小児で発見されたがんの大部分が、放射線被曝によって増加したものでなく、徐々に大きくなり成人になってやっと症状を現すものを単に早く発見したのならば、事故後に生まれて被曝していない子どもたちでも、以前のスクリーニングと同じ頻度でがんが見つかるはずであった。しかし、見つからなかったのである。これが、先の論文が「スクリーニング効果説」を否定した理由と考えられる。

(表1)ベラルーシでの笹川以外のスクリーニング結果 1)

【小児甲状腺がんの発生率は、激増後激減し、ほぼ事故前に近づいている】

スクリーニングでほとんどがんが見つからなくなった事実と相関するのが、チェルノブイリ事故後、甲状腺がんの年齢別発生率が年と共に増加して、その後低下していることである。これらの患者たちの一定部分は、福島と同様、スクリーニングで発見され、手術を受けることで確定したがん「患者」が含まれていると思われる。

ともあれ、がん発生率増加のピークは年齢層別に0-4才は事故から4年後、5-9才は5-7年後、10-14才が10年後、15-19才が15年後とずれているが、いずれもその後急速に低下し、若年層ではほぼ事故前に低下している(図)。もしも、小児の発生率の大部分が、単に成人がんがスクリーニングで早期に発見されたものだとすれば、著しい増加の後に再び減少するはずがない。

図:チェルノブイリ事故後の年齢別甲状腺がん発生率の推移1)

【同じ時期のスクリーニングでも地域により発見率に大差がある】

もう一つの「スクリーニング効果説」を否定する証拠は、これも当の山下氏自身らが実施して発表している、笹川財団によるスクリーニングの結果である。これは甲状腺がんが急速に増加した1991年から1996年に、事故当時9才以下の子ども(検診時5-19才)を対象としたスクリーニングである(表2)。がん発見率は、最も被曝量の多かったベラルーシのゴメリでは10万人当り198.4人だったが、モギリョフでは8.4人、ウクライナのキエフでは21.7人、ジトミールでは31.0人、ロシアのブリヤンスクでは39.7人と、地域で極めて大きな差があった。もし、単に成人で発症するがんを早期に発見しているだけとしたなら、これほど大きな違いは生じなかったはずである。

(表2)山下らの超音波スクリーニング結果と福島の結果
対象年齢は5〜19才(事故当時0〜9才児を1991〜6年に実施)

()は、2次検診未終了を考慮した推定数 (4)5)より作成 )

【発見率は被曝量と比例している】

これらの発見率の違いは、被曝量との関連で考えるべきであり、前述のデータでも最も汚染の強かったゴメリで最も多発している。また、スクリーニングでのがん発見率や、発生率が被曝量と共に増加していることは科学的に証明されている。6),7)

【福島以外の日本での4千人強のスクリーニングでも甲状腺がんは未発見】

日本国内でも「スクリーニング効果説」を否定するデータが出ている。例えば、2012年11月から2013年3月に弘前市、甲府市、長崎市で環境省が行った3-18歳、4,365人のスクリーニングで、ひとりも甲状腺がんの発見を認めていない。(がんの検診でないとはしているが、がんの疑いがあれば放置できないはず。)

以上より、チェルノブイリでのスクリーニングで小児甲状腺がん発見率が異常に高かったことは、成人で発症するがんの単なる早期発見ではなかったことは明白である。福島のスクリーニングで発見された小児甲状腺がんも、成人のがんを発見したものではなく、小児がんの多発を示すものと考えるべきである。

ところが、山下氏は講演2)で、世界にむけて発表していた自身の意見を翻し、福島で見つかった高い頻度のがんは0-20年後に発症してくるがんを、早期に見つけたものにすぎないとしている。広島赤十字・原爆病院小児科の西和美氏は最近この意見を補強するかの文章を医学雑誌に載せている3)。西氏は、「小児期被ばくによる成人甲状腺がんの増加」とすべきだと、被ばくによるがんの増加自体は認めている。他方で、岡山大学新入生の検診による甲状腺がんの発見率が2,307人中4人だった、との発表を唯一の根拠にして、例えば、17才以上のみの大学入学生と、0-18才までの福島県の対象者を、同じ年齢層として比較した表を作るなど、福島での発見率など低いものだ、との印象を与えるデータ操作をしている。彼がまじめにこの問題を議論するつもりなら、前述のチェルノブイリなどのデータをまず検討すべきである。

西氏があげたデータ以外に、女子高生や千葉大学生の検診で甲状腺がんが高率に発見されたとの報告がある。これらを調査方法など検討の上で、青年期の「スクリーニング効果」の程度とその意義が科学的に検討されるべきであろう。

しかし、それが前述のチェルノブイリのデータと、福島での27人の小児がん発見の重大性を否定するようなデータにはならない。事故後わずか1-2年の福島での発見率は、がん発症が急増したころのゴメリ以外のチェルノブイリ事故による被曝地域のそれと匹敵するほどである。(二次検査実施率で補正すると、より近い値となる。表2)。しかも、14歳未満の患者が11人(39%)もいることは、大学生の発見率と単純に比較できないことを示している。

福島県での、小児甲状腺がんが27人発見され、すでに12人が手術を受けている。詳細は不明だが、手術を受けたお子さん達は、手術による様々な苦痛、さらに再発のモニター検査、ホルモン剤の常用など多くの苦難を強いられる。山下氏や西氏が、これらのがんが0-20年も後の成人のがんだと考えるのなら、手術による長年の負担を軽減するための、治療方針の検討を提案すべきであるが、全くしていない。

以上、福島の小児がんの異常に高い発見率は、「スクリーニング効果」で単に成人の甲状腺がんを早く発見しただけではないことを証明した。

チェルノブイリのスクリーニングでの小児甲状腺がん発見率の増加は、小児甲状腺がんの増加と、成人の甲状腺がん、その他のがんや、がん以外の広範な健康障害の増加ともつながっていた。福島での小児甲状腺がんの異常に高率な発見は、今後甲状腺がんが小児でも成人でも増加し、他の健康障害も多発する可能性を示したものである。

それらの増加に対する科学的な治療法、補償など、患者にできる援助体制を社会全体として早急に検討する必要がある。      (はやし小児科 林)

(注)発見率≒有病割合≒発生率×(病気があると分かってから治るか死亡するまでの期間)

1)     Demidchik et al. Arq Bras Endocrinol Metab 2007;51/5:748-762
2)    http://frcsr.wook.jp/detail.html?id=227263(13年3月11日米国放射線防護・測定審議会での基調報告)
3)    西ら、小児内科2013;45:1090-4
4)    山下ら、放射線科学1999;42:10-12号
5)    福島[県民健康管理調査2013.6.6発表資料
6)    Tronko et al. J Natl Cancer Inst 2006;98:897-903
7)   Cardis et al.  J Radiol Prot2006;26:127