いちどくを この本『命の格差は止められるか』(NEWS No.458 p07)

『命の格差は止められるか』
イチロー・カワチ著
小学館 720円+税

アメリカは先進国の中では寿命が短く、人種や職業、住む場所などによって、命の格差が明らかだ。
一方日本の寿命は世界トップクラスだが、長寿の鍵の一つと著者が考えるのが「ソーシャルキャピタル(社会関係資本)」平たく言うと「社会における人々の結束により得られるもの」である。
ソーシャルキャピタルが高い地域は健康状態がよいという関係がある。

しかし日本もいまソーシャルキャピタルが減少傾向にある。
一番の原因は格差の拡大、もっといえば貧困の蔓延で、所得格差に限らず、労働格差、教育格差、地域格差などが顕著になり、命や健康の格差が拡がっている。
所得の不平等を測る指標であるジニ係数は、2007年時点の調査で、アメリカは0.45、スウェーデン0.23、日本0.32で、アメリカほどではないが日本でも格差が拡がっている。調査ではジニ係数が0.05改善するごとに8%程度死亡率が減ることがわかった。したがって、健康政策上も所得再分配は必要である。

著者が考える格差をなくす3大戦略は、
① 所得格差の是正、
② 幼児期からの早期教育、
③ 職の安定
である。
著者によれば、幼少期に受けた教育がその後の収入や健康に大きな影響を与える。
非正規雇用などの不安定雇用は健康状態に悪影響を及ぼす。
また、自分がやっていることが意味のない行為だと強烈に感じる環境ではストレスが増し、生産性が落ちるので、労働者が、意味のある仕事を自分のコントロール下で行っていると感じられるようにすること、経営による福利厚生や健康支援の充実、育児休暇や病気による休職などの充実が必要となる。
最低賃金の保障や労働時間の制限、正規・非正規間の待遇差の軽減が必要と著者は述べる。

政策や法律などで社会の仕組みを変えることで、社会全体の人々の健康改善を働きかけることをパブリックヘルス(公衆衛生)ではポピュレーションアプローチと呼ぶ。
タバコやジャンクフードの広告規制、ニューヨーク市での大容量の炭酸飲料の禁止などがこれにあたる。
ポピュレーションアプローチは、政府や自治体だけでなく、企業や研究機関との協働が大切という。

健康意識が健康状態の改善に結びつきにくいのは、感情に働きかけて商品を選ばせようとする企業のマーケティング戦略が大きく影響している。
対抗するには、人の健康行動を定着させるにも感情に働きかける必要があるということになる。
パブリックヘルスでは、社会全体がよりよくするための仕組みをつくり、一人ひとりが行動を変えやすくするための環境を整えることをめざす。
個人の治療だけでなく環境も「治療」する。消費者の行動変容だけでなく、企業にも規制を働きかける。

ソーシャルキャピタルや日本の「お互い様の文化」を過大評価していたり、インフルエンザワクチンや水道水へのフッ素の添加などを評価したりするが、命や健康の格差の解決の方向性を示唆してくれる。

(いわくら病院 梅田)