いちどくを この本『医学的根拠とは何か』(NEWS No.460 p07)

『医学的根拠とは何か』
津田敏秀 著
岩波新書、720円+税

著者は、福島原発事故による放射能汚染対策での「100mSv以下の被ばくではがんは増加しない」とする「100mSv閾値説」の誤りの根拠を明らかにするとともに、福島県が本年2月に公表した県民健康管理(KKK)調査結果分析から、「甲状腺がん多発(アウトブレイク)」を確認し、子どもや妊婦への対策を始めとするいま行うべき施策の重要点を指摘している。
KKK調査検討委の医師達がその後の経過(11月公表のKKK調査結果:甲状腺がん58例)においても「原発事故と因果関係なし」とする認識の違いはどこから生じるのだろうか?30万人、68万人を対象として低線量被曝の障害性を明らかにするデータが公表されているにも関わらず、放射線の人体細胞への影響機序(しくみ)は不明な点も多いのでと、現在必要とされる判断を先延ばしにして「何も言えない」とする医師達。

本書の中で、「水俣病」が取り上げられている。1956年5月に「公式発見」とされ、同年11月には「水俣湾産の魚介類が原因食品」と判明していたにも関わらず、食品衛生法に基づいての摂食制限対策が1968年まで為されず被害を拡大した上に、沿岸地域住民を対象とした調査も行われず食中毒患者と診断(認定)されるためには、国が起用した医師団が考案した「判断条件」に合うことが要求された食中毒事件である。
医師達は何を根拠に「条件」を作成したのだろうか?

また乳幼児突然死症候群SIDSを予防する為に「うつぶせ寝」への警告が1987年のオランダを始め欧米で発せられて、実際SIDSの減少が確かめられていたにも関わらず、日本のSIDS研究班の医師達は1998年にやっと警告を発するに至る。
医師達は何を考えて(何に迷い?)警告をこんなに遅らせたのか?

そして1992年に「EBM宣言」が公表されて20年を経過するも、バルサルタン(高血圧治療薬)問題のように臨床データ分析を自ら出来ず、製薬会社に「外注」する医師達。
私もこれらの医師達と無縁な存在でなく、彼らの教育、指導を受けてきたので、自分自身にも思い当たることが多々あり辛い気持ちである。
日本で、何故このような事態になったのか?

この疑問に応え、今後、医学・医療に携わる者に限らず私達はどうするべきか?の提起が本書の中で述べられている。病気の原因や治療に対処するために、医師としての個人的経験を重んじる「直感派」、実験室での生物学的研究結果を重視する「メカニズム派」、そして疫学理論、統計学、大型コンピューターの発達を背景とし、「人間を対象として検証するという強い意志」に支えられた「数量化派」・・・これら三つの「医学的根拠」の歴史的流れと世界的到達点が豊富な事例、文献でもって展開されている。著者は「なぜ動物実験で医学博士論文を書かねばならないのか?」との疑問と「医学は科学ではないんだよ」との先輩の一言をきっかけにして、疫学の歴史、科学史、科学哲学を学んだと書かれているが、それのみならず「当たり障りのない研究」にではなく、福島の放射能汚染のように人間の健康に影響する具体的課題に向き合うことを通じて学びを深められたと思える。
多くの示唆に富む執筆であり、「あとがき」では高松氏、林氏への言及があり、医問研の一員としても嬉しい書物でした。

(小児科医 伊集院)