福島検診での甲状腺がん発見率を「ベースライン」=正常値とするJacob論文批判(NEWS No.462 p03)

今年1月9日発行のRadiat Envion Biophysに掲載されたドイツ放射線防御研究所のJacob Pらの論文は、福島の甲状腺がん検診結果を扱った数少ない英語論文です。
この論文は、今後の15年間でスクリーニングされた人の約2%から甲状腺がんが発見されるが、放射線関連の甲状腺がんはわずかその10分の1の、0.1-0.3%程度との極めて少ない推定値を出しています。

福島での癌「発見率」は正常?

まず、最も重大なことは、Jacob論文は、チェルノブイリでも3年間は癌の増加は無かったのだから、現在の福島の子どもたちの甲状腺がんの「発見率」は、異常な増加ではなく、「基準値baseline」=正常値だとしていることです。

そこから、今発見されている甲状腺がんは被曝とは関係なく、今後の増える「発見」だけが被ばくによる増加だとしています。福島県立医大鈴木教授が、今の癌「発見率」が「baseline」であることを繰り返し発言し、環境省などが主催した大規模な「放射線と甲状腺がんに関する国際ワークシップ」(2/21-23)にJacobが呼ばれ、鈴木ともども同様の発言をしていますので、原発推進派がこの説を利用する可能性は高いと思われます。

超音波検診で「発見」された癌と、症状が出て診断・治療された癌との混同

この結論を導くために、まず前述のように、被爆後3年間は癌の増加はない、というチェルノブイリでの分析を適応しています。ところが、その根拠とするHeidenreich1999の論文を見ると、増加していない癌とは、超音波の検診で発見された癌ではなく、個別に受診して診断を受け、手術を受けた癌のことです。

したがって、Jacob論文の前提としている「3年間は増加していない」としている癌は、福島での超音波によるスクリーニング検査で発見された症状がない小さな癌も含めての「発見率」として数えられる癌とは質的に違うものです。
その質的に違うデータを持ってきて、被爆後3年間は癌の発生はない、としているのです。

繰り返しますが、福島で「発見率」として計算される癌の多くは、今は症状がなく超音波で発見されて、何年か後に症状が出てくる癌とされています。
症状がある癌が増えなかったから、超音波で発見された癌も増えていないはずだ、とする分析が、この論文の基本的誤りです。(実際は、福島で発見された癌は、昨年11月号山本論文のように、症状が現れたものもあるが、チェルノブイリでも少数の症状のある癌の増加はあった。それにしても、両者は質的に違う数字)

福島県や「専門家」も同じ混同を使って被曝との関連を否定しようとしている

日本の「専門家」たちは、福島で発見された癌について、チェルノブイリでは増加したのは4-5年後だから、今発見された癌は被曝と関係ないと主張しています。

もし、4-5年後に増加したのが、症状のある癌なら、その1-2年前から超音波では見つかるほどに大きくなっていなければならないはずです。

そうでなければ、超音波で見えないか、検診の発見基準の直径5mm以下のものが急速に大きくなり、1年以内に症状を示すものになることになります。
とするなら、現在超音波で見つかっている癌の多数が1年以内により急速に大きくなり症状が現れるはずです。

ところが、山下俊一氏や鈴木氏らは福島の超音波検診で多数「発見」された癌は、最新の超音波で発見された症状のないものであり、症状が出るまでには長い年月がかかるので、その「発見率」は症状が現れた癌の比率である「罹患率」より10倍ぐらい多くなるのは当然とします。

他方で、チェルノブイリの場合には甲状腺がんは4-5年後になってはじめて増加したのだから、福島で見つかった癌は被曝によるものとは考えられないと言います。

こうして、原発推進勢力は、超音波で「発見」された癌と、「症状がでて手術を受けた」癌をうまく使い分けて、甲状腺癌の多発をごまかそうとしているのです。

事故後生まれた子どものスクリーニングでほとんど甲状腺がんが見つからなかったことを無視している

もう一つの基本的問題点は、チェルノブイリ原発事故後に生まれた子どもでは、スクリーニングでも一人も癌が「発見」されなかったとのデータが全く無視されています。
世界的にも被ばくがない子どものデータが少ない中で、I131にあまり被曝していない6-7万人の子どものデータが蓄積され、そのグループでは甲状腺癌はほとんど見つかっていません。
それが、子どもの「baseline」あるいは正常値となるはずです。
しかし、そのデータは無視され、被ばくが明白な福島の「発見率」が「baseline」とされているのです。

さらに、現在の福島の「発見率」が、チェルノブイリ原発事故後のベラルーシやウクライナでの甲状腺がん多発地域での「発見率」と同程度であることも無視されています。
チェルノブイリの甲状腺癌多発地域での「発見率」と同程度の現在の福島の「発見率」が、福島のbaselineであり、正常値とされているのです。

環境省調査の扱いが変

さらにおかしいのは、環境省が青森・山梨・長崎で行った福島の検診とほぼ同様(ただし、対象年齢が福島の0-18歳に対し、3-18歳)の検診で、4321人中1人の癌も発見されていないデータをもちだしています。
しかし、なぜかこの検診から得る「推定発見率」は0.032%(95%信頼区間CI:0.012-0.057)であり、福島検診の2011年度0.027%(95%CI:0.01-0.05)、12年度0.034%(95%CI:0.013-0.061)とほぼ同等になっているのです。
4321人が検診終了して、癌0のデータからは、「発見率」の推定などできないはずです。
しかし、引用文献を見ても、その理由は不明です。

その他の問題点

例えばベラルーシでの検診では、2次検診へ回す基準が福島よりゆるいため「発見率」は福島より少ないとされています。
しかし、検診対象者に対する、2次検診受診率は福島とほぼ同じです。

その推計に、年齢も状況も全く違う香港の大人のデータを使っています。
しかも、癌の発見率ではなく結節の発見率で計算していること、などがあります。
これら以外にも、疑問点を含む論文であり、到底その推計は信用できないものです。

(はやし小児科林)