いちどくをこの本『トラウマ』(NEWS No.469 p07)

『トラウマ』
宮地尚子 著
岩波新書、840円+税

この夏の広島土砂災害では全国で初めてDPAT(災害派遣精神医療チーム)が派遣された。1995年の阪神大震災や地下鉄サリン事件以降、災害や犯罪被害などに関して「トラウマ」や「PTSD(外傷後ストレス障害)」「心のケア」が日常的に語られるが、トラウマについては適切に理解されていない。
トラウマは、過去の出来事によって心が耐えられないほど衝撃を受け、それが同じような恐怖や不快感をもたらし、現在まで影響を及ぼし続ける状態と定義される。トラウマは衝撃的すぎるために言葉になりにくく、周囲からも忘却、隠蔽、否認されて埋もれていく。トラウマの3要素はトラウマ体験、トラウマ反応、体験と反応の因果関係だが、巷では体験や反応だけを指すことが多い。トラウマ体験には、戦争・紛争体験、自然災害、暴力犯罪、事故、拷問、人質、監禁、強制収容所体験、児童虐待、性暴力、DV、過酷ないじめなどの被害が挙げられる。トラウマ体験は、なすすべがなく、自分の非力さを思い知らされながら、逃げようがない絶望感を被害者にもたらす。トラウマ反応からの回復が何らかの要因で妨げられた状態がPTSDである。
トラウマは、重すぎれば言語化され得ず、語られないと周囲からの理解を得られにくくなり、秘密にすること自体が様々な症状をもたらし、さらなる被害や被害者を生む。
多くの被害者は他者に対して不信感や疎外感とともに、つながりを取り戻したい、信じたいという気持も併せもつ。よけいなことをせずにおちついてそばにいてくれる人の存在は貴重だが、支援者にとってとても難しいことでもある。回復の原動力になるのは、安心できる居場所の存在、自己肯定、仲間の存在、ロールモデル(先行く仲間)の存在、語ること/表現すること、と著者は考える。
DVや性暴力について詳しく展開されている。DVは親密的領域における暴力と支配であり、それによって被害者の個的領域が奪われることと著者は定義する。被害者は個的領域を奪われ、すべてを加害者の親密的領域に取り込まれるために加害者から逃げられなくさせられる。DVは被害が長期にわたり、反応も多岐にわたり、子どもにとってもトラウマとなりえ、将来の加害者となるおそれも生じ得る。性暴力は加害者との距離が非常に近く、五感が侵襲される状況が長く続くためにPTSDの発症率が高いが、理解されにくい。性被害者支援の先行的取り組みとして、SACHICO(性暴力救済センター大阪)が紹介されている。
「心のケア」では記念日の儀式など生活文化の中に潜在する治療的要素を一緒に活用すること、当事者やその所属するコミュニティの回復能力を信頼することが支援の大前提となる。沖縄は第二次大戦の戦場となり、戦後も基地問題が続き、トラウマに曝されてきたが、歌や踊り、シャーマニズムなどの文化的装置や日常的実践があり、トラウマを生き抜くすべを示してくれている。
イラク・アグレイブでの拷問、DVや性暴力での臨床実践、東日本大震災や原発事故被害などを紹介しつつ、トラウマへの対処として、トラウマの理解と平和で平等な社会規範づくりが重要と著者は述べる。本書は健康相談会の意義を再確認させてくれ、様々な運動での当事者への関わりのあり方に重要な示唆を与えてくれる。日常臨床でトラウマに遭遇しやすい医療職にとっても有意義である。是非ご一読をお勧めする。

いわくら病院  梅田