甲状腺がん多発隠しの情報操作(NEWS No.471 p04)

政府は8月17日の各紙朝刊の1面を割いて、大々的に「放射線についての正しい知識を。」なる広報を掲載した。福島での県民健康調査で、甲状腺がん(もしくは疑い)が3桁の104例と報告された第16回検討委員会開催の1週間前である。その中で、原発事故以来デマを吹聴している中川恵一氏(東大医学部准教授・チーム中川)が登場して、放射線に深刻な誤解がある、福島の被曝でがんは増えない、ことを強調している。
中川氏は30年間のがん放射線専門医の経験から、上咽頭がん治療で鼻の粘膜が7万mSvで被ばくしても、鼻血など一度も見たことがない、と鼻血の件に疑問を呈している。放射線治療は堅く防護された部屋の中で、極めて高い線量であっても、局所のがん細胞に照準を当てて照射するものである。しかも線質は電磁波のX線、ガンマ線である。東電福島第一原発の事故は国際原子力事象評価尺度(INES)で、放射性物質の重大な外部放出および障壁が壊滅または再建不能という、レベル7の深刻な事故である。放出された放射性物質は微粒子(ダスト)となって、ガンマ線のみならず、荷電粒子線であるアルファ線やベータ線を放出しながら、東北、北関東、首都圏一円を汚染した。浮遊する放射性微粒子は、皮膚の表面や鼻・のど・気管の粘膜、目の結膜に付着し、鼻血をはじめ咳、くしゃみ、皮疹や痒みなどの健康障害は、チェルノブイリダストでも確認されている。中川氏の狭い専門領域での経験は、原発事故により放射能で広範に汚染された地域での鼻血などには通用せず、レベル7を理解できておらず深刻な事態を隠そうとするものである。
更に中川氏は甲状腺がんが多くなる成人で、乳がん検査のついでに見つかって増加した韓国を例に、福島で増え続けている子どもの甲状腺がん多発を否定する。事故後3年を経て、がん発生のほとんどない小児で異常に増加し、それら半数以上が悪性度が高いとして手術が実施されており、専門家なら警鐘を鳴らし対策を急がねばならぬ時に、である。
4か月前、甲状腺がん(もしくは疑い)が90例となった第15回検討委員会の10日前に、風評を煽るものとして石原環境相が、漫画「美味しんぼ」の鼻血描写に現職大臣として異例の抗議を行ない、マスコミはそれに同調する流れをつくった。この検討委員会の2日前、安部首相は福島県立医科大学を訪れて関係者を前に、「健康被害は出ておらず、根拠のない風評被害を払しょくしていく」ことを表明、2日後の90例の甲状腺がん報告をまともに行った報道はほとんどなかった。
甲状腺がんの発生数が3桁になり、疫学的にも放射能汚染との関連は明確になりつつある。それから国民の目をそらせる、一連の情報操作上の中川コメントであるが、運動不足との比較など旧来然のステレオタイプな内容に留まっており、もう少し勉強しないと御用も果たせなくなるであろう。

入江診療所 入江