くすりのコラム ヘリコバクター・ピロリ除菌は万人に有効か?(NEWS No.473 p08)

「ピロリ除菌後から、胸焼けやゲップで調子悪いねん。」と薬局で患者さんから時々言われます。ピロリ除菌は「慢性胃炎」に2013年2月21日から適応拡大となり抗生剤、PPIのセット処方が増えました。

日本のピロリ菌株は東アジア型でcagA遺伝子保有する胃癌発生リスクの高い悪性ピロリ菌であることなどが除菌推進の理由になっています。また、「除菌による胃食道逆流症(GERD)の発症や食道がんのリスクを上昇させるのではないか?」という意見は、除菌による胃酸亢進は一過性で心配する必要はないとされ「ピロリ除菌」はいい事ずくめの良い治療と捉えられるようになりました。上記患者さんのように自覚症状もなく健康診断から受診、除菌に至ったケースや「小児期のピロリ除菌」の有用性が検討されるようになり、本当に万人に除菌は必要なのかと考えてみました。
ヘリコバクター・ピロリ菌感染は国際がん研究機関(IARC)発がん性リスク一覧のグループ1(ヒトに対する発がん性が認められるもの)に分類され、抗生物質による除菌が奨められています。ピロリ菌を発見したロビン・ウォレンとバリー・マーシャルはピロリ菌が胃潰瘍の原因であることを証明し、簡便なピロリ検出法を開発した功績により2005年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。ピロリ菌は免疫力の弱い幼児期に持続感染します。成人後の感染は一過性で自己免疫によって自然に排除されます。感染経路として離乳時期に保育者が噛み砕いた食事を与えていたことや上下水道の不備などの経口感染が疑われています。日本では上下水道が整っていなかった時代に幼児期だった中高年の感染率で7~8割と高く、若年者で2~3割と低く報告されています。幼児期の感染が長期間にわたる保菌の鍵となるため、どうせするなら早い時期の除菌と「小児期のピロリ除菌」が検討されるようになりました。小児で除菌が行われた症例としてピロリ胃炎、胃潰瘍十二指腸潰瘍、鉄欠乏性貧血、慢性血小板減少性紫斑病などがあげられ、その有用性が検討されています。
ヒトの腸内には500種類以上100兆個以上の細菌が暮らしています。栄養吸収を助けてくれたり、免疫活動を正常に保ち、他の病原体から守ってくれています。近年、抗生剤の乱用によって人体に生息する細菌の生態系が乱れてしまうことが原因で自己免疫疾患やアレルギー疾患が起きているとする論文が数多く発表されています。アメリカの疫学研究によると衛生環境の改善によりピロリ感染率が低下し胃がんは減少したが、胃食道逆流症と関連した食道腺癌の発生は上昇していると報告されています。人類のピロリ菌感染の歴史は古く旧石器時代と推定され、長い時間をかけて人類とピロリ菌は共存関係を築いてきたことが窺えます。ピロリ菌に感染しても胃粘膜病変を発症するのは感染者の一部だということや除菌有効性の判定が胃癌の発生率だけでは「ピロリ除菌」が完全であるとは言えません。
クラリスロマイシンやアモキシシリンで焼け野原となった人体で「ピロリ菌」は潜伏し活動を開始します。2000年までは90%以上であった除菌率が、2007年以降は75%以下に低下しています。「耐性ピロリ菌」は2次除菌でメトロニダゾール、アモキシシリンの再攻撃を受けることになります。さて、この戦いに終わりはあるのでしょうか?

薬剤師 小林