いちどくを この本『過剰診断』(NEWS No.476 p07)

『過剰診断』
H. ギルバート・ウェルチら 著
北澤京子 訳
筑摩書房
1700円+税

現在の医療・医療制度で最も根本的な問題点を、疫学的観点から明示した本で、ぜひとも読んでいただきたいです。以前、英語版で注目点は何回も読みましたが、わからなかったり頭に入らなかったりするところが多かったのですが、北澤京子さんが見事な訳をしてくれとてもわかりやすくなっています。
まず、著者は過剰診断の定義を「決して症状が出たり、そのために死んだりしない人を、病気であると診断すること」だ、としています。「症状がないのに、血圧やBMIがわずかに高いという理由で下される診断は、過剰診断の可能性がある。」「要するに、過剰診断は、病態に関連する症状が見られない人に対して診断を下す場合にのみ起こる。」それは、症状の原因をつかんで治療する検査ではなく、症状と直接関係ない検査をしたり、症状がないのに検査(検診)することによって生じる問題です。
もちろん、血圧を測ることも、血液検査で血糖や脂質を測ることも含まれます。そして、血圧の160/90以下などで現在服薬されている人は、不要な服薬や定期的な検査をしていることになります。血糖や脂質でも同様です。多くの女性がなんの症状もないのに骨粗鬆症という病気にされ、薬を投与されます。最も問題である大腿骨骨折が予防できるわけではありませし、それなりの副作用があります。すべて過剰診断です。
特に問題になるのが、がん検診です。前立腺がん、乳がん、子宮がん、大腸がん、肺がんなどの検診がされています。著者は、多くのがんの罹患率(発生率)は増えているのに、死亡率は増えていないことを指摘して、がん検診や検査の機会が増えたことにより、がん患者は増加しているがそのがんで死亡する率はほとんど変化していないことを示しています。
症状のないがんの早期発見で生存率が高く(生存が長く)なったのに?との疑問にも、本当はそうでないことが明快に解説されています
「早期発見」や「早期治療」で、利益を得る人がいたとしても、その何倍の人が不利益を被ることが考えらえていない。この現状を変えなければならない、というのが著者の主張です。この現状は、製薬・医療機器、医療各産業などの利益が強く影響しています。同時に、見逃しは許されないが、過剰診断・治療は許されるとの医学的・社会的・法的な医者への圧力があります。これらを取り払うことが必要です。
この本の、問題提起はランダム化比較試験のコクランレビューで具体的に検討されています。例えば乳がん検診では乳がんでの死亡が1000人中5人から4人(20%)に減ったとしても、全部のがんでの死亡者は両方とも21人で変わりなし。ところが、検診群は不要な生検を受けた人が100人、不要な手術を受けた人は5人でした(医問研ニュース2014年7月号参照)。様々な検査や治療が他のがんを増やすのかも知れません。ともかく、社会として考えて、全く役に立っていないのが乳がん検診なわけです。
この問題は、甲状腺がんでも同様です。福島の検診で発見された甲状腺がんについても、この問題を念頭に置いた分析が必要です。

はやし小児科 林