ストロンチウム関連くる病(Strontium related Rickets)(NEWS No.479 p05)

近年、乳幼児のくる病(Rickets)が増加している。今年4月の日本小児科学会学術総会でも、関連する演題が抄録に3題みられていた。その一つが県立医大も共同演者である福島からの報告である。
その報告の要旨は、『母親は・・「放射能」への不安が強く、外出を避け、「カーテンを閉めるとよい」との誤った情報を信じて日中も窓とカーテンを閉め切って生活していた。』ので『本症例は放射線回避および母の体調不良のため外出不足や日光浴不足が主な原因と考えられ・・』と、あたかも子どものくる病が母親の放射線恐怖症のように考察をしている。福島県内では東電が支援するシンポジウムで、相馬中央病院の内科女医が「がんよりも心配なのは骨で、放射線の不安で食べ物・運動・日光を避けると、死亡率は1.8倍リスクが高くなる。」などと講演し回っている。ネットでも放射能に不安をもつ母親へのバッシングの材料にもなっており、同一の論調である。
くる病は、足の骨が固くならず変形し歩きづらくなる成長期の子どもの病気である。遺伝性の場合もあるが、ほとんどはビタミンDの不足による。ビタミンDは骨にカルシウムやミネラルを沈着させる作用があり骨の成長にかかせない。ビタミンDは日光により皮膚で合成され、あるいは食事によって摂取され、肝臓や腎臓で活性型ビタミンDとなり、生体内でのカルシウム濃度の維持など多くの生理作用を発揮している。この作用が低下すると、骨の形成が阻害されてくる病となる。
過去に多かったビタミンD欠乏症は、栄養状態の改善と日光浴の推奨で減っていたが、20年ほど前から世界的に再び増加傾向にある。その原因として、ビタミンD含有の少ない母乳栄養の推進、皮膚がん不安での紫外線忌避による日光浴不足、アレルギーなどの食事制限が考えられている。
このような状況で、福島からの報告を改めて考察してみたい。大人でさえ10mSvでがんリスクが3%上昇するような放射能汚染の環境を避けようとするのは当然であり、くる病の予防のためにも子どもたちに明るい太陽の下でのびのび遊ぶ定期的な保養の必要性をこそ、この報告は示している。
一方、メルトダウンした東電第一原発からは毎日大量の放射能汚染水が、地下水、海洋に漏出し続けている。昨年8月の東電発表では、ストロンチウム90は日に50億ベクレルにのぼる。ストロンチウムは性質がカルシウムに似て骨に取り込まれるので、少なくとも二つの健康障害を引き起こす。一つは骨髄の造血細胞をベータ線で被ばくし続け、白血病など血液がんを生ずることである。もう一つは、カルシウムの骨生成をを阻害して、くる病を発症させる。トルコからの報告(1)によると、ストロンチウムの高濃度地帯(350ppm以上)の650人と低濃度(350ppm以下)の1596人を比較し、31.5%対19.5%(P<0.001)の有意差がみられている。また生化学者から(2)はストロンチウムの経口摂取により、活性型ビタミンDの合成とカルシウムの吸収が阻害され、くる病が生じる代謝メカニズムが報告されている。くる病の予防および治療への抵抗性に関わるため、子どもたちをとりまく環境中のストロンチウム濃度の測定・公開は不可欠である。
福島や放射能汚染地帯でのくる病対策において、定期的な保養の実施、環境ストロンチウムの測定・公表は国・福島県をはじめ各自治体の公衆衛生行政の責務といえる。くる病の子どもたちを避難解除・帰還促進のために利用してはならない。

参考文献
1.Rickets and soil strontium (Arch Dis Child 1996; 75:524-526)
2.Strontium induced Rickets: Metabolic (Science 1971 ;174:949-951)

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