臨床薬理研・懇話会8月例会報告(NEWS No.482 p02)

Ⅰ.シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第7回(「統計でウソをつく方法を見破る」シリーズ改題)
「このランセット誌論文から臨床指針として何が得られるのか」

今回取り上げるのは、血糖値を健常人のレベルまで引き下げることによって、糖尿病患者の心血管イベントが減少することを期待して行われた「ACCORD試験」の、その後に出版された続報です(Lancet 2014; 384: 1936-41)。

ACCORD試験は、HbA1cが7.5%以上、年齢40〜79歳の心血管リスクの高い患者1万人余を対象として、HbA1c6.0%以下を目標とする「厳格管理群」を、7.0%〜7.9%の「標準管理群」と比較しました。
ところが中間解析で厳格管理群に死亡が多く発生したため、開始後3.7年で安全性から中止されました。非致死的心筋梗塞については厳格管理群が有意に少ない成績でした。
ここまでの成績がNEJM誌(2008; 358: 2545-59)に論文掲載され、結論は「2型糖尿病のハイリスク患者に、予期しない厳格管理による害が発生した」です。

試験は厳格管理群の全員を標準管理に切り替え、当初計画した時点までさらに1.2年間継続されました。
この結果もNEJM誌(2011; 364: 818-28)に論文掲載されています。
厳格管理群に全死因死亡や心循環死亡が多く、非致死的心筋梗塞が少ないという前報の結果は変わらず、論文の結論は「血糖値を健常人に近づけるという厳格血糖管理は、非致死的心筋梗塞を減少させたが、5年間全死因死亡を増加させた。ハイリスクの2型糖尿病患者に対し、厳格血糖管理の戦略は推奨できない」です。

それから3年経過して、ほぼ同じ著者たちにより追加解析した続報として発表されたのが今回の論文です。
今回の論文では、著者たちは非致死的心筋梗塞予防に厳格な血糖管理が有効であることを強調し、そのためにそれまでの論文で厳格管理群と標準管理群との間にみられたハザード比の有意な差が、HbA1c関連値を時間依存共変量として調整すると、有意な差がすべてなくなることを示しています。
Interpretationとタイトルされた結論は、「上昇した血糖濃度は、2型糖尿病と他の心血管リスクファクターを持つ中年患者における虚血性心疾患に対する管理可能な(modifiable)リスクファクターである」です。

しかし、心筋梗塞が減少しても全死因死亡や心循環死亡が増加し、その理由がはっきりしないのでは、「臨床指針」とはなりません。
臨床指針としては、先の論文の「ハイリスクの2型糖尿病患者に対し、厳格血糖管理の戦略は推奨できない」の方が明快で、今回の論文発表とランセット誌が論文を掲載したのは疑問です。

また、用いられた統計手法に関連した記載にも疑問があります。
生存時間解析ではCox比例ハザードモデルが広範に活用されます。
しかし、生存時間に共変量の影響がある場合、時間依存型変数をどのように扱うかは定まったものでなく、「統計学以外の分野の知識が必要なことが多く、様々な仮説を検討しながら探索的な解析を行うことになる」(「Cox比例ハザードモデル」中村剛著から要約、朝倉書店・医学統計学シリーズ、第5刷2008、49ページ)などとされています。
この論文からはHbA1cの経時的な値(下降した値)を累積してモデルに取り込んでいるようにも思われますが、論文に詳しい記載がありません。
時間依存型変数としてHbA1cに関連した値を利用し、その結果ハザード比の有意な差がなくなったことで、共変量効果(HbA1cに関連した効果)の方が主効果より寄与が大きい、言い換えれば厳格管理群と標準管理群の群効果よりHbA1c関連量の影響が大きい、したがってHbA1c値を下げることが重要と言いたいのでないかと思われます。
しかし、共変量を時間依存型としてモデルに導入すること自体が探索的立場であるだけに、詳しい記載が必要です。

薬剤師 寺岡