文献紹介(NEWS No.483 p05)

先月号にて、国際がん研究機関(IARC:International Agency for Research on Cancer)が原子力施設労働者(308,297人)を対象として「低線量被ばくによる白血病増加」を明らかにした論文(フォローアップ《経過観察》期間:822万人・年)を紹介しましたが、IARCは引き続いて、同じ調査対象集団での「固形がん増加」を示した論文をイギリス医師会雑誌(BMJ:British Medical Journal)に公表しました。

1990年代に、原子力施設労働者での発がんリスクに関する国際的な調査研究がUSA・UK(イギリス)・フランスの3ヶ国で共通のプロトコール(調査方式)を用いて実施されましたが、この研究はその後15ヶ国を含むまでに拡大しました(Cardisらの報告:2005年)。
15ヶ国調査に含まれる、初めの頃の核労働者についての情報はかなりの大部分が上記3ヶ国の労働者集団から得られていました。

最近、調査更新されていた3ヶ国の集団がプールされ、国際原子力施設労働者調査 (INWORKS : International Nuclear WORKers Study )として、がん死亡率の疫学的分析が行われました。
この集団は核労働者については世界最大、また最も昔からの集団で、そして最も情報量の多いグループです。フォローアップ最終時点までに66,632人(22%)の死亡が確認され、17,957人は固形がんによる死亡でした。

フォローアップ期間の中央値(この値の上下で調査対象集団人数が同数)は26年、雇用期間の中央値は12年、フォローアップ終了時の到達年齢の中央値は58歳、集団の87%が男性で、集団の全累積被ばく線量の97%は男性の被ばくによるものでした。

対象集団各人が働いている間に受けた結腸(注)での累積被ばく線量の最大値は1331.7mGy(≒mSv)でしたが、平均値は20.9mGy、集団の90%は53mGyまでの被ばく線量で、中央値は4.1mGyですから、集団での累積被ばく線量の分布は、100mSv以下と言われる「低線量」でもかなり低値の方へ強く偏ったものとなります。

(注)国際放射線防護委員会(ICRP)が勧告の主要な根拠としている、日本の原爆被爆生存者を対象とする「寿命調査(LSS:Life Span Study)」での固形がん分析も結腸線量を用いています。

この分布を考えても、福島原発事故による放射能汚染地域で「復興加速」と称して施行されている、子ども・妊婦を含む一般人を対象としての「避難指示解除」の上限線量(一年あたり20mSv)は異常に高いレベルの被ばくを強いていると言えます。

職場での被ばく終了後10年経った時点での、白血病を除く全がんによる死亡率は累積線量と共に増加し、1000mGy(=1Gy)あたり1.48倍の増加でした。
全固形がんによる死亡率も累積線量に伴い増加し、3ヶ国それぞれで1Gyあたり1.47倍の増加でした。
なお、喫煙やアスベストの発がん作用と関係のある肺がんと胸膜がんによる死亡を除いても、同じ結果でした。

1945年に被ばくした生存者を1950年から1997年まで追跡して、固形がんと非がん疾患の死亡率を報告したLSS第13報(2003年)では、被ばく時30歳の男性70歳での固形がん死亡率は1Svあたり1.37倍でしたから、この論文の発がんリスクはLSSより高い値になっています。

2007年ICRPは、LSSから得られた放射線発がんリスクを、低線量被ばくでは1/2にするように勧告しています。

しかし、この論文の著者らは「この調査が付け加えたこと」として以下のように述べています。

「高線量被ばくは本質的に、低線量被ばくより危険であるというbelief(信念・信仰)に反して、核労働者での被ばく線量当たりの発がんリスクは、日本人の原爆生存者での研究から得られた評価と同様のものであった。」

小児科医 伊集院