臨床薬理研・懇話会2月例会報告(NEWS No.487 p02)

Ⅰ.シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第12回
「抗がん剤の臨床評価(4)」 ベバシズマブ(アバスチン)

今回取り上げたのはベバシズマブ(アバスチン)。売り上げ断トツの抗がん剤で2013年推計785億円、現在1000億円超とされています。抗VEGF(Vascular Endothelial Growth Factor、血管内皮増殖因子)ヒト化モノクロナール抗体で、がんの進展に重要な血管新生を抑制する分子標的薬です。適応は、結腸・直腸がん、肺がん、卵巣がん、乳がん、悪性神経膠腫(こうしゅ、グリア細胞を発生母地とする脳腫瘍)の多岐にわたります。したがって文献も多いので、添付文書で最初に有効性の表が引用されている結腸・直腸がん対象のNO16966試験 (J Clin Oncol 2008; 26 :2013-9)、およびKaplan-Meier曲線の図が引用されている乳がん対象のE2100試験 (NEJM 2007; 357: 2666-2646)、それにNO16966試験データに基づいて日本での費用対効果分析を行った論文(Int J Clin Oncol 2010; 15: 256-262)の3論文を取り上げました。

<文献1 (NO16966試験)>
未治療の転移性結腸・直腸がん患者におけるオキサリプラチン配合レジメン(ゼロックス療法)に対するアバスチンの上乗せ効果の検討
二重遮蔽試験で、プライマリーエンドポイントは生存(OS)でなく代替エンドポイントの無増悪生存(PFS)。割り付け症例数は1401例。結果は、アバスチンがPFSを1.4か月有意に延長(9.4か月対8.0か月)。OSは1.4か月延長傾向にあるものの有意差はない(21.3か月対19.9か月)。「奏効率」(response rate)は両群に差がない(47%対49%)。プロトコールでは病勢進行(disease progression)まで治療継続を許容したが、実際に病勢進行まで治療が継続されたのは、アバスチン群で29%、プラセボ群で47%のみに過ぎない。治療中断をもたらした有害事象はアバスチン群207例(30%)、プラセボ群141例(21%)。グレード3/4の有害事象は、555例(80%)対505例(75%)だが、「アバスチンで注意される有害事象」では111例(16%)対57例(8%)。その内容は、静脈血栓塞栓症54例(8%)対33例(5%)、高血圧26例(4%)対8例(1%)、出血13例(2%)対8例(1%)、動脈血栓塞栓症12例(2%)対7例(1%)などであった。
このようにアバスチンはPFSを1.4か月有意に延長したが、OSは変わらなく(奏効率も)、静脈血栓塞栓症、高血圧、出血、動脈血栓塞栓症などの重篤な害作用が多くみられた。

<文献2 (E2100試験)>
未治療の転移性乳がん患者におけるパクリタキセル単独治療に対するアバスチンの上乗せ効果検討
遮蔽試験でなく、オープンラベルの試験。プライマリーエンドポイントは、生存(OS)でなく代替エンドポイントの無増悪生存(PFS)。割り付け症例数は722例。結果は、アバスチンがPFSを5.9か月有意に延長(11.8か月対5.9か月)。OSは両群で変わらない(26.7か月対25.2か月)。奏効率は有意に高かった(36.9%対21.2%、P<0.001)。
アバスチン上乗せ群に頻度が有意に高かった有害事象は、グレード3, 4の高血圧(14.8%対0.0%)、たんぱく尿(3.6%対0.0%)、頭痛(2.2%対0.0%)、脳血管虚血(1.9%対0.0%)、グレード3, 4 のニューロパチー(23.6%対17.6%)、疲労(8.5%対4.9%)、感染(9.3%対2.9%)であった。病態進行までの中断は、178例(51.3%)対117例(35.9%)、それらは集積した毒作用によるものであった。FACT-B質問紙調査で調べた生活の質(QOL)は両群で変わらなかった。
このようにオープンラベル試験で、アバスチンはPFSを5.9か月有意に延長したが、OSは変わらなく、高血圧、脳血管虚血、ニューロパチー、出血、感染などの重篤な害作用が多くみられた。

<文献3 (NO16966試験のデータを用いた薬剤経済学論文)>
アバスチンは高価で月に30-40万円もするため、費用効果分析を行った。社会やヘルスケア支払者の観点からは、アバスチンの費用対効果はよいものでなかった。日本の患者の観点からは、日本は健康保険制度が充実しており患者負担が少ないため、患者が苦境のなかで支払いたいとする費用からみた費用効果は悪くなかった。しかし、出来高払いで患者負担が少ないことは、患者や医師が高価な医薬品を過使用することにつながる可能性があり、保険制度のこの点での妥当性の再考が必要であろう。

なお、プレスクリールのアバスチンの評価は、効果が生存(OS)延長などでしっかりと実証されたものと言えず、重篤な副作用が多いため、この医薬品は避けるのが最善としている。
活発な討議があったが、参加者のアバスチンの評価はこのプレスクリールの評価に収束されるものであった。問題はこのような医薬品が医療費の困窮が言われるなかで1000億円を超える売り上げを示していることにある。インフォームドコンセントが不十分にしかされない、患者が使用したくないというと病院から追い出されるなど、問題は深い。なお、今回初めて費用対効果の論文をとりあげたが、今回取り上げた論文が生存(OS)でなく代替エンドポイントである無増悪生存(PFS)のデータをもとに薬剤経済学分析を行っているのは不適切との指摘、また費用効果分析はやはり社会やヘルスケア支払者の観点から行うのが適切でないかとの指摘がされた。

薬剤師 寺岡