臨床薬理研・懇話会3月例会報告(NEWS No.488 p02)

Ⅰ.シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第13回
抗凝固剤ワルファリンの適正使用

今回は抗凝固剤をとりあげました。脳卒中や全身性塞栓症などを予防する抗血液凝固療法は、投与量が多いと出血を来し、逆に投与量が少ないと脳卒中や塞栓症を予防できず、いずれも死亡や長期の障害をもたらす原因となるリスクの高い薬物療法です。長い間ビタミンK拮抗剤のワルファリンが、血液凝固能を測定し用量を調整して用いられてきました。ワルファリン使用の必要性の判断には、脳卒中リスクを計量化したCHADS2スコアが用いられます。血液凝固能モニタリングは、PT-INR(国際標準化プロトロンビン比)の目標値を設定、経過した時間の中で目標INR値が達成された時間の割合であるTTR( time in therapeutic range)でワルファリン治療の質をみるなどで行われます。しかし必ずしもモニタリング法が確立していない現実があり、その合間を縫って「面倒な血液凝固能モニタリングがいらない」としてプラザキサ、イグザレルトなどのNOAC(新規経口抗凝固剤)が登場しています(モニタリングがいらないというNOACのPRには大きな疑問があります)。

目標INR値は欧米では2-3、日本では若年は2-3、高齢者では1.6-2.6が推奨されています。この日本の高齢者の目標値は2.6を超えると出血リスクが増すという日本の観察研究から設定されており、欧米でも2-3の目標値は大き過ぎるという文献があります。

今回とりあげた文献は、(1)関東労災病院における症例対照研究で大出血リスクに着目して日本の高齢者のINR目標値について考察した文献(J Pharm Health Care Sci 2016; 2:2)です。合わせて、(2)リアルワールドのデータからワルファリンの使用状況をみた「伏見AF(心房細動)レジストリー」の文献(Circ J 2014; 78:2166-72)も検討しました。

(1) 関東労災病院における症例対照研究論文
「ワルファリンを投与された日本の高齢者心房細動患者におけるPT-INRと大出血リスクの関係の評価のための最初のnested case-control study(コホート集団のなかでの症例対照研究) 」です。患者数は大出血を起こした「症例」が32例、これにマッチした大出血を起こしていない「対照」が64例で、平均年齢は81歳、CHADS2スコアの中間値は3で、血栓塞栓症のハイリスク患者です。

著者たちは高齢者でもPT-INR値3.0までは差支えないと読める考察をしていますが、言い過ぎでより慎重にした方がいいと考えられました。よく読めば抄録の結論でも「PT-INR3.0以上に対して2.50-2.99の大出血リスクが有意に低いかについて決めるにはさらなる研究が正当化されるだろう」と書いています。また脳卒中・大出血リスクのバランスに関しては、「研究の限界」で「われわれはPT-INR値と血栓イベントとの関係については分析できなかった。そうした目的には血栓イベントを起こした症例とそれにマッチした対照を集める必要があった」とも述べています。

(2) 伏見AFレジストリーのリアルワールドデータの論文
京都市伏見区は日本の典型的な都市コミュニティで人口は28万余、レジストリーには79医療機関が参加。フォローアップ完了は2914症例です。日本で最大の心房細動レジストリーであるJ-RHYTHMレジストリーが循環器センターでの専門医のレジストリーであるのに対し、開業医を多く含むレジストリーなのが特徴です。

今回のデータで特徴的なのは、ワルファリンの使用不使用で、脳卒中、大出血に差がないことです。著者たちは脳卒中リスクの少ない患者にワルファリンが過大に用いられ、一方脳卒中リスクの大きい患者にワルファリンが過少に用いられている、ガイドラインと合致しないワルファリンの不適切な使用実態を問題にしています。しかし、全死亡をみるとワルファリン不使用が大きいデータとなっています。リアルワールドのデータから適正使用への教訓を得るのは、いろいろな要素が入り組んでいてなかなか難しく、論文には書かれていない脳卒中リスクの指標であるCHADS2スコア分類別の脳卒中、大出血、全死亡の頻度を知りたいとのコメントも出席者から出ています。

この論文に併載されたエディトーリアルでJ-RHYTHM Registryの医師が、コミュニティでの臨床レジストリーデータの重要性を指摘し、伏見レジストリーに対し、管理戦略と患者アウトカムが改善され、ガイドラインとリアルワールドのギャップを埋めるプロスペクティブなデータを今後も提供されるよう期待を述べています。

今後ともレジストリー分野の論文も題材に考えて行こうと話し合われました。

薬剤師 寺岡