福島県での甲状腺がんに関する、金谷医師の「大阪保険医雑誌・寄稿」に対する批判的検討(NEWS No.490 p04)

大阪府保険医協会発行の『大阪保険医雑誌』2016年4月号に「福島・子どもの甲状腺がんに関する一考察 (1)―非専門家から見た疑問と実感」と題する寄稿が掲載されました。著者は大阪・うえに生協診療所の金谷邦夫医師です。

著者は、本年2月15日に発表された県民健康調査「甲状腺検査(本格検査)」実施状況(2015年12月31日現在)を「整理してみました。その結果、『放射線暴露による影響が出始めているのではないか』という結論に至りました。」と述べ、この寄稿の最後も「つまり多発傾向が出始めていると考えられます。」で終えています。「出始めている」という言葉を何故いま発せられたのかな?と、著者の論拠を考えてみました。
「福島で甲状腺がんは多発しているか?」について、著者は「多発を判断する方法は?」として
(ア)放射線(I131)被ばくでない「自然発生」率と比較する方法
(イ)「同一地域で時間の経過の中で比較して判断する」方法
(ウ)「同じ時期で、被ばく濃度差のある地域間で比較する」方法を挙げています。

(ア)は「少なくとも放射線暴露でない地域でこの18歳以下全体を対象にした超音波検査による健診結果から導かれる『自然発生率』の基礎となる数はいまのところありません。従ってこの方法は適切ではありません」と判断しています。
(イ)の方法について「チェルノブイリで示されました」「福島の場合はまだこれに該当するデータはありません」「今後三巡目、四巡目と重ねる中で明らかになるものと考えます」と書いています。
しかし、多発を認めることに抵抗する力が存在する限り、自然と「明らかになる」ものではないと思われます。ベラルーシでの1990年以降の甲状腺がん多発が1992年に発表されたにも関わらず、著者の言う「国際社会」すなわち国連放射線影響科学委員会(UNSCEAR)が「原発事故による被ばくと甲状腺がん多発の関係」を認めるに至ったのは2000年でした。
著者は「福島原発事故の影響で多発しているかどうか、『量・反応関係』があるかどうかを判断する方法として」、(ウ)を採用しています。
2015年8月31日発表の甲状腺検査(先行検査)結果【確定版】より著者は、発見された甲状腺がん患者数(疑いも含む)の一次検査受診者数に対する率を算出して、「100万人当たり会津地域で326人、中通り地域で370人、避難指示地域+浜通り地域で394人と、若干の差はあるものの全県で大きな差はないようです」と述べます。
次に、この先行検査結果と本年2月発表の二巡目で発見されたがん患者の合計数から、「この5年間あまりで会津地域は100万人あたり356人、中通り地域では552人、避難指示地域では718人という甲状腺がんの発生数(注)になっています」という結果を得て、この数値を基に「福島県の避難指示地域の甲状腺がんは会津地方の2倍に達して」いるので放射線物質曝露の「『量・反応関係』を示しています」「被ばくが甲状腺がん発生に影響を与え始めているように見えます」との結論を導きだしています。(注:正しくは発見数です。)

以上のように捉え得る著者の結論への道筋には、私も「非専門家」ですが、異論を呈さざるを得ません。
私が最も驚いたのは、会津地方の発見数を根拠に、「過去の福島県を含め日本での甲状腺がんの18歳以下の自然発生は、多分2桁から300人前後という数字の中におさまるものと考えられます」と表明されたことでした。すなわち、先行検査での発見数を「日本での甲状腺がんの18歳以下の自然発生」数と考えられるとしています。一巡目の検査結果を福島県のベースラインと評価する国や県と変わりのない立場を取っておられることでした。著者の言う「超音波検査による健診結果から導かれる『自然発生率』の基礎となる数」が見つからないため、このように判断されたのかもしれません。
しかしチェルノブイリでは、I123に被ばくしていない子ども(I123が消失した後の妊娠で出生)や低汚染地域の子ども約7万人を超音波検査して、甲状腺がんは1人しか見つかっていません。18歳以下の子どもでは、甲状腺がんは「被ばくしていなければ、ほとんど見つからない」と言えます。このデータに言及することなく、被ばくの明らかな福島での発見率を日本の「ベースライン」としています。

著者は、先行検査での「全県で大きな差はないようです」を根拠にして、本格検査で初めて地域差が明らかになったとして「放射線暴露による影響、多発傾向が出始めている」と述べています。
しかし、3年度に亘って施行された先行検査に関しては、各年度の「被ばくから発見までの期間」を考慮に入れて年間発見率を算定すると地域差は明らかになっていました。また同年度調査の地域間の比較でも、地域差が認められていました。

医療機関を受診して診断された甲状腺がんの全国的な発生(罹患)率と比べて、福島の検診での発見率(ガンで有る状態が発見された率=有病割合)が、どの程度多いかを明らかにする方法が疫学の教科書には載っています。その方法は、津田敏秀氏と山本英二氏共著の「多発と因果関係」(科学2013年5月号)のなかでK.J.RothmanのEpidemiology;An Introduction (日本語版:「ロスマンの疫学 科学的思考への誘い」)から引用して説明されている有病割合(有病率)≒発生率×平均有病期間です。すでに一巡目の先行検査で甲状腺がん多発を明らかにすることが可能であったのに、何故この方法を除外されたのかは判りません。
また手術率は「発症し手術を受けた率」で、全国的な甲状腺がん発生(罹患)率と比較できますが、著者は、先行検査以降明らかになっている福島県での甲状腺がんの年間手術実施率の増加には言及していません。

著者は続いて、同誌5月号に「考察(2)」を寄稿されています。その結論部分でも0歳から18歳までの甲状腺がんの自然発生率を100万人当たり約300人までとして、「先行検査結果=日本の自然発生率」を容認し、「放射性ヨウ素被曝による『上乗せ』効果が出始め、『量・反応関係』が出始めているようです。」と述べています。ここで私が思い出したのは、文科省による航空機モニタリングのセシウム134、137堆積マップです。プルトニウム、ストロンチウムの土壌沈着も確認されています。「放射線管理区域」以上の汚染環境での生活を強いられていることを忘れておられるのでは?と感じます。

以上、本格検査で「多発傾向が出始めている」とする著者の論拠の誤りを提起しましたが、詳しくは、医問研・編著「甲状腺がん異常多発とこれからの広範な障害の増加を考える」第1、2、3章を参照して頂きたく思います。
政府は6月14日、居住制限区域の避難指示を初めて解除し、避難者への住宅援助は2017年3月で打ち切る予定です。被ばくを強要する政策への反対運動を強めなければと、つくづく思います。

小児科医 伊集院