高度汚染地域への帰還強要政策を支える えせ科学論文(NEWS No.492 p01)

朝日新聞digital7月17日によれば、政府は現在年空間線量が2012年3月31日現在で50mSv以上の立ち入りが原則禁止されている「帰還困難区域」について、一部の地域を解除する方針を決めました。年間20mSv の被曝でもICRPの専門家でさえ職を辞して非難した異常な線量の高さです。空間線量が20mSv以下になればとはいえ、50mSv以上だった地域に帰れとの、まさに人権無視の政策です。

この政策に呼応するかのように、原発推進勢力「専門家」たちの大ボス2人の「論文」が次々と発表されています。『Clinical Oncology』という雑誌には、2016年に入り(2015年1月投稿)長崎大学山下俊一氏、また(同年12月投稿)同大学長瀧重信氏らの論文が掲載されました。いずれも、著者が勝手に選んだ「専門家の意見」・文献による意見です。前者は原発事故からの回復と立ち直り‘recovery and resilience’に焦点を当て、メンタルに対する対処の重要性を強調、後者も放射線そのものよりその社会心理的影響を避けるべきだと主張しています。

9月にはこれらの主張を正当化する「国際シンポジウム」が開催されます。これに先立ち、彼らの主張を補完する論文がいくつか発表されています。一つは、坪倉正治氏らのBMJ Open2016年7月の論文です。これは、福島民友新聞に「内部被ばくと土壌汚染『関係ほぼない』」と紹介され、強い土壌汚染でも大丈夫との印象を与える記事になりました。相対危険度は10kBq/ ㎡当たり1.03増加するとしており、関係なしとの論文ではありませんが、上記のように宣伝されています。

続いて、例の福島医大の鈴木眞一氏は、2016年に入り先の『Clinical Oncology』と『Thyroid』という雑誌に、福島県県民健康調査の甲状腺がんについてほぼ同じ報告をしています。いずれも多数の甲状腺がん発見は原発事故と関係ないとして以下の理屈を書いています。

1) 甲状腺がん発見率が地域で違わない、
2)チェルノブイリのデータと比べて年令が高い、
3)個人被曝線量と発見率が比例していない、
その他
4)被曝線量がとても低い、
5)潜伏期が短すぎる、
6)ほとんどが乳頭がんだがそのsubtypeがチェルノブイリと違う、
7)ヨード摂取量がチェルノブイリと違う、
などです。多数見つかったのは「スクリーニング効果」だとしています。「過剰診断」には注意する必要があるとしていますが、すでに大部分の甲状腺がんを手術していることとの関連には言及していません。

鈴木論文は2015年10月23日に『Epidemiology』電子版に発表された岡山大津田敏秀教授らの論文対策です。鈴木氏の「理屈」に対し、津田氏は同論文への「意見」への反論や『科学』最新号などで明確に反論しています。
鈴木氏の理屈に対しては私たちの本『甲状腺がん異常多発とこれからの広範な障害の増加を考える』でほぼ反論していますが、今号のニュースで山本氏が上記1)を再度検討しています。他の理屈にも順次反論したいと考えていますが、みなさんの意見をお願いします。

はやし小児科 林