臨床薬理研・懇話会7月例会報告(NEWS No.492 p02)

Ⅰ.シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」シリーズ第17回 ~糖尿病治療剤「ビクトーザ皮下注」

心血管イベントを減少するという明確なエビデンスがないまま、広範に用いられているのが糖尿病治療剤です。このほど、エビデンスがはじめて得られたという2論文があいついでNEJM誌に発表され、話題を呼んでいます。本当にエビデンスは得られたのか、2016年6月発表されたインクレチン剤リラグルチド(ビクトーザ(ノボ)皮下注)の論文をとりあげます(LEADER 試験, NEJM online fast)。

食事をすると小腸に存在する細胞の一部が刺激されて消化管ホルモンが分泌されます。これには膵臓のβ細胞を刺激してインスリンの分泌を増加させる働きをもつものがいくつか存在し、総称して「インクレチン」と呼ばれます。インクレチンにはGLP-1とGIPというホルモンがあり、リラグルチドはGLP-1受容体作動剤です。

LEADER 試験は、ハイリスクの2型糖尿病患者を2群に分け、標準ケアにリラグルチドを上乗せした作用を検討するために、二重遮蔽法のもとでリラグルチドとプラセボを比較しています。プライマリー複合アウトカムは、心血管死、非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中のいずれかの最初の出現です(3ポイントMACE, major adverse cardiac events)。プライマリー仮説は、プライマリーアウトカムに関しリラグルチドはプラセボと比較して非劣性(ハザード比限界が1.30以内)です。中国・台湾・韓国を含むが日本を含まない32か国410サイトで実施、9340症例を3.8年間追跡しています。結果は、プライマリーアウトカム、心血管死、全死亡で、リラグルチド群がプラセボ群に対し有意に少なかったとしています。

今回この論文が、心血管イベントを減少するという明確なエビデンスを示したか検討しましたが、「それは言えない」が結論です。

まず、この試験の目的ですが、心血管イベントを減少させるかどうかの有効性をみたものでなく、心血管イベントの増加リスクが大きいものでないという「非劣性」安全性試験です。もともとこの試験の結果で有効性のエビデンスを主張するには無理があります。

今回のリラグルチドのLEADER 試験は、二重遮蔽試験として行われています。しかし実際は血糖値の変化、GLP-1受容体作動剤に共通する体重の減少、また消化器系の異常症状などにより、医師には早い時期から実薬とプラセボのどちらかがわかります。もともと日常の血糖コントロールにリラグルチドを上乗せする試験デザインであり、血糖値などで調整している形なのです。二重遮蔽は崩れていたと考えられ、そのことが次のようなデータの矛盾としてあらわれています。

1) 患者が第三者からの助けを求めたsevereな低血糖がリラグルチド群よりもプラセボ群に有意に多い。
2) 投与中止をもたらした害作用が、全体ではリラグルチド群がプラセボ群よりも有意に多いのに、seriousな害作用ではリラグルチド群よりもプラセボ群に有意に多い。
3) 患者のBMIとの関係では、全体では30以上の肥満者で有意、30以下では有意でないのに、30以上の肥満者は少ないはずのアジア人で好成績が得られており、ハザード比0.70(0.46-1.04)と有意に近い。

この論文で重要なこととして、膵臓がんのデータがあります。被験者数の限られた臨床試験ではがんで有意な差が出ることはなかなかないのですが、この試験では膵臓がんがリラグルチド群で13例、プラセボ群で5例、p=0.06と有意に近い値です。インクレチン剤の薬理作用に膵β細胞の分化・増殖があり、またリラグルチドはラット・マウスの2年間がん原性試験で甲状腺C細胞腫瘍を認めているなどあり、今回の臨床試験結果は要注意です。

他には試験デザインで、標準ケアへの上乗せ効果をみるため、インクレチン剤以外の糖尿病剤の使用状況で結果が変わってくるのでないか、新薬と既存薬の組み合わせ方を限定するなどが必要と思われました。
今回の試験結果は受けいれがたいとしましたが、関連した重要な事実があります。この論文に先立ちNEJM誌2015; 373: 2247に掲載された、リラグルチドと同じGLP-1受容体作動剤であるリキシセナチド(リキスミア皮下注、サノフィ)の同様の試験(ELIXA試験)では、主要な心血管イベントや他の重篤な有害事象を減少させず、LEADER 試験と異なり効果はまったくありませんでした。

なお、エビデンスが得られたというもう一つの論文(SGLT2阻害剤Empagliflozin, Jardiance,日本未発売、Boehringer Ingelheim/Eli Lilly ; EMPA-REG OUTCOME試験; NEJM 2015; 373: 2117)を読んでみました。この試験も「非劣性」を仮説とした安全性試験で、優越性でも有意としています。プライマリー複合アウトカムは3ポイントMACEのいずれかの最初の出現です。しかし、この試験もリラグリチドのLEADER試験同様、 尿量増加、脱水、血糖値低下で割り付けの推測は容易であり、二重遮蔽が崩れていた可能性が高く、そのことはプラセボ群生存曲線の42週からのあり得ない不自然さをみれば明らかです。こちらもエビデンスが得られたとはとても言えません。

本来の糖尿病治療剤の使用目的を離れて、企業がFDAの厳しい安全性試験をクリアーしたことを大々的に宣伝するという最近の倒錯状況からは、心血管イベントを減少したという今回の2つの論文は議論を本来のものに戻した点での功績はあるものの、エビデンスには遠いものでした。

しかし規制緩和の進む現実は厳しい状況にあり、監視が必要です。BI/LillyはEmpagliflozinのこの1つの試験成績のみで添付文書にこのエビデンスを盛り込むようサプリメンタリーNDA申請を行い、可否を審議するFDA諮問委員会は12対11の僅差でこれを認め、FDAがこの諮問をどのように扱うか注目されているとのことです。

なお本稿は、薬のチェックTIP誌2016年9月号予定記事を一部参考にさせていただいています。

薬剤師 寺岡

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2016.12.13 記事を一部訂正しました。

[訂正・お知らせ]
医問研ニュース492号掲載の例会報告 で、Empagliflozin に関し、「MACEリスクの差はほぼ心血管死のみによっており、それも多くの評価不能例を推定心血管死として扱い、それらを除くと優越性を示さないという再現性の不確かなもので、こちらもエビデンスが得られたとはとても言えません」と書きました。これについて浜六郎さんから、結論は変わらないが、「それも多くの評価不能例を推定心血管死として扱い」の記載は適当と言えず、この試験もリラグリチド(ビクトーザ) 同様、尿量増加、脱水、血糖値低下で割り付けの推測は容易なので、二重遮蔽が崩れている影響が大きいとの指摘をいただきました。
このことは次の図1の生存曲線のプラセボ群の42週からの不自然さをみれば明白です。
浜さんは、「以前のザジテンの喘息の試験の典型的な例を思い出します(TIP誌1993年10月号p92)。
まるで、1980年代の日本の RCT? を見ているようで、それが NEJMとか JAMAで堂々と掲載されているのに背筋が寒くなる思いです」とコメントされています。
薬剤師 寺岡