読者から「ひどい論文」と教えられた文献の批判(NEWS No.499 p05)

東京電力福島第一原発事故による放射能汚染を蒙った地域では、子ども・妊婦を含む一般人を対象としての「避難指示解除」の上限線量は20mSv/年と設定されてきましたが、いま政府は、年間被ばく線量が50mSv/年を超える「帰還困難地域」以外の汚染地域での避難指示解除を進めています。また避難指示が出されなかった地域からの避難者や指示解除後も帰還しない人々に対する住宅提供を本年3月末で打ち切ります。「50mSv/年以下の地域からは避難の必要がない」とする政策の根拠になっているのが、「100mSv/年以下では健康への影響はない」とする判断です。

日本小児科学会のホームページにも引き合いに出されている国際放射線防護委員会(ICRP)は、1950年から開始された広島・長崎の原爆被爆者約9万人を対象とした「寿命調査(Life Span Study:LSS)」を主な根拠として放射線防護基準の勧告を出しています。100mSvまでの線量が「低線量」とされていますが、LSSでは1000 mGy (≒mSv)、2000mGy以上の被ばくを受けた対象者を含む調査から得られた結果を外挿(exrapolation)することで、低線量被ばくによる障害性は、閾(いき)値なし直線(Linear-No-Threshold:LNT )モデルに従う、すなわち線量に応じて障害は直線的に増加し、低線量でもこの値以下なら障害は出ないという閾値はないことを推定しています。また2007年ICRPは、LSSから得られた放射線発がんリスクを、低線量被ばくでは1/2にするように勧告しています。

一方、医療被ばく・職業被ばく・自然放射線や汚染環境からの被ばくを含む低線量被ばくの危険性を、大規模な対象集団の長期経過観察によって、「外挿・推定」ではなく直接に証明する研究が1950年代以降、続けられてきました。特に医療X線や核医学による被ばくは公衆の被ばくにとって大きい位置を占めるため、多くの研究が積み重ねられてきました。CT検査の危険性をあきらかにしたPearceら(2012年)、Mathewsら(2013年)の報告はCT施行での慎重さを求めていると私は考えました。詳細は「甲状腺がん異常多発とこれからの広範な増加を考える」(耕文社)を参照して下さい。

本年1月米国の核医学・分子イメージング(NMMI)学会雑誌に、画像診断に関係する低線量での発がんリスクには「credible evidennce」(信頼できる証拠)は存在しない、明らかに誤っているLNT仮説に由来する仮定的なリスクである、それどころか、低線量被ばくはがんを引き起こすのではなくて予防に役立つ可能性が高いと主張する論文が公表されました。福島原発事故後、近辺の住民に対しての、LNT仮説に基づく避難政策は1,600人以上の死亡をもたらしたとも批判しています。
著者らは、LSS第14報(Ozasaら)の図4「総固形がん死亡に対する放射線による過剰相対リスク(ERR)の線量反応関係」を取り上げています。低線量域でのERRの95%信頼区間下限がゼロ以下であるので統計的有意差がないとして「外挿」によるLNTモデルの不確実性を説明します。また点推定値が1か所マイナス値を示しています。このマイナス値は低線量域の「radiation-induced benefit(放射線がもたらす有益性)」すなわちホルミシス効果と一致すると評価しています。
そして先に挙げた、大規模集団でのCT検査の発がんリスクの調査研究を批判します。著者らは、「がんや病気のためにCT検査が実施された」のであって、その逆ではないと一蹴しています。しかし、これらの研究では、初回のCT検査後5年あるいは10年の「lag period(調査開始を遅らす期間)」を設定して、被ばくしたグループに含まれてフォローを受ける形になっており、著者らの批判は当たらないと考えます。

この文献は医問研ニュース読者より教えて頂きました。政府の「原発棄民」政策に対抗するには、もっと勉強が要るなぁと再確認しました。有難うございました。

小児科医 伊集院