大阪小児科学会・特別講演「福島原発事故の健康被害について」(NEWS No.500 p06)

4月1日大阪小児科学会で特別講演「福島原発事故の健康被害について」が開催された。演者は、津田敏秀氏(岡山大学)「福島県内での甲状腺がんの多発状況と100mSv閥値問題」、西美和氏(広島原爆病院)「現時点での甲状腺がんの発生状況について」であった。
環境疫学的アプロ-チに基づいて甲状腺がんの多発の証明と事故との関連性を論じられる津田氏と、発生症例と有病症例は比較不可、スクリ-ニング効果や過剰診断を支持される西美和氏との直接討論。異なる意見が学会という公開の場で学術論議される本邦初の機会となった。関心ある小児科学会員、市民の多数の参加があった。質疑応答も多く大変盛り上がった講演会となった。
開催の背景には、この問題について学会での関心の高さが存在した。原発事故後の健康被害に関して多くの関連演題が発表されてきており、昨年の学会総会で「原発事故があったら、健康障害が生じないかと考えるのが当然で、その影響を調査するのが科学者として当たり前の立場だ」という意見に象徴されるように、多数の会員の事故調査を望む意見に後押しされて開催されたものである。

現在、先行検査と本格検査で合計184人の甲状腺がん患者、うち、145人の手術患者が報告されている。当日の論点は、1.甲状腺がんは多発しているのか否か?、2.甲状腺がんの発見はスクリ-ニング効果によると考えるのか?3.甲状腺がんの発生の原因として被ばくの影響が考えられるのか?以上を科学的根拠に基づいて議論することであった。「科学の根拠はデータの分析結果である。」「もし異なる結論が2つ以上あれば、根拠に基づいて議論する必要がある。」従って、どの様なデ-タや知見に基づいて判断、証明されたのか?「放射線の影響とは考えにくいと評価する」という場合、どのような定量的分析がなされたのか?に関して参加者の関心が高まっていた。

報告では、津田氏は、福島県での甲状腺がん発見率-検出割合と年間100 万人に2 ~ 3 人程度である未成年の甲状腺がんの教科書的な発生率とを比較分析し、当初の予想よりも桁違い(20-50 倍)の多発であること。福島県の検討委員会は根拠を示すこともなく、桁外れの多発を「事故によるとは考えにくい」とし、スクリーニング効果や過剰診断で全て説明できるかのように主張し続けていることは事実に反すること。「100mSv以下では被ばくによるがんが生じないし生じたとしても認識できない」と主張される100mSv閾値論が間違いであることを多数の医学的根拠で示された。臨床データの統計学的分析(疫学)という世界的に確立された方法・医学的根拠に基づく理路整然とした主張であった。
一方、西氏は、1)甲状腺がん多発は、福島県調査結果は、国立がん研究センターのデ-タと母集団が異なり比較対照はできない、2)甲状腺がんの発見はスクリーニング効果や過剰診断によると考えられる、3)甲状腺がんの発生の原因として被ばくの影響は現時点では可能性は低い、と主張された。しかし、上記主張がどの様なデ-タや知見に基づいて判断、証明されたのかは語られなかった。また、定量的分析も示されることは無かった。

会場の参加者から、「津田氏の報告と西氏の報告で、学会員の中で科学と非科学の違いが明確になったと思った」「西先生は屁理屈をあれこれ発言されている」「わが国の福島事故後の健康被害を検討する専門家と称する人の現実がよく分かった」などの感想が返ってきている。津田氏から「異なる意見の者が学会の場で論議ができる機会ははじめて」と言及があり、大阪小児科学会で細々活動してきた甲斐があったと大きな喜びになった。