臨床薬理研・懇話会4月例会報告(NEWS No.501 p02)

シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第24回
レセプトデータベースを用いたベンゾジアゼピン系薬剤の処方実態
過量による救急搬送・自殺を避ける予防策立案のために

最近の大きなできごととして、レセプトデータベース (NDB)の公開・利用が進んだことがあります。NDBは世界最大級の網羅的な診療データベースで年間16億件規模のレセプトデータが蓄積されています。その利用で医薬品の全国での処方実態が明らかになり、適正使用に大きく役立ちます。今回取り上げるのは、医療経済研究機構の奥村泰之主任研究員たちによるベンゾジアゼピン系薬剤の過量服薬に関する論文で、Journal of Epidemiology誌に2017年4月オープンアクセスで掲載されました。

2012年10月~13年9月の1年間の医薬品中毒(ICDコードT360-T509)で入院した患者について、入院前90日間から退院ないし院内死亡までの状況を調べています。レセプトデータの性格から、入院時の医薬品中毒が患者の意図的な服用によるものか、非意図的なものかはわかりません。しかし意図的な場合も含め原因医薬品は保険診療で医師により処方され、薬剤師によって調剤されたものであり、保険診療における医薬品使用適正化の課題に関わる点では変わりません。精神科薬剤によるものが圧倒的に多く、精神科治療のあり方を見直すことなしに乱用防止はできないのです。

過量入院患者は21663例で、人口10万人あたり17.0人 (男女で差があり女性22.3人、男性11.5人)でした。そのうち68.1%が過量入院前90日間に向精神性薬剤を処方されており、47.8%が精神科医から処方されていました。向精神性薬剤の内訳では鎮静催眠剤が最も頻度が高く(64.1%)、これに抗精神病薬34.6%、抗うつ薬33.1%、気分安定剤17.5%が続きます。鎮静催眠剤の内訳では、ベンゾジアゼピンが最も頻度が高く(63.1%)、これにバルビツレート(7.6%)、その他の薬剤が続きます (6.8%)。19歳以上の患者で、ベンゾジアゼピンを処方された患者の比率は年齢で変わらず(幅59.3-73.8%)、一方バルビツレートは35-49歳にピークがあり、その後年齢とともに低下しました(75歳以上では1.2%)。向精神剤を処方された患者の割合も35-49歳(65.1%)にピークがあり、その後年齢とともに低下し、75歳以上では13.9%でした。過量入院は、女性では19-34歳(40.9人)と75歳以上(27.8人)の2つのピークを示し、男性では75歳以上 (23.7人)の1つのピークを示しました。過量入院の前に、患者の25.8%は1つの、12.4%は2つの、12.3%は3つ以上の慢性condition(s)をもっており、慢性condition(s)を持った患者の割合は年齢とともに増加しました。ベンゾジアゼピンとジギタリスは高齢患者で最も処方されている薬剤でした。過量入院の前にベンゾジアゼピンを処方されていた75歳以上の患者の59%では、47%がうっ血性心不全の経歴があり、24%が循環器系薬剤による中毒の診断を受けていました。

入院後の経過では、36.5%の患者がICUに入院し、9.1%は他に移送されました。その63.3%は他病院の精神科病棟でした。病院内死亡は過量入院患者の2%であり、約半数の患者は3日以内に退院しました。

全国規模の今回の疫学研究は過量防止プログラム立案の基礎を与えています。今回の所見から、19-49歳の精神科治療の患者ではベンゾジアゼピンないしバルビツレート処方に焦点を、また75歳以上の非精神科治療の患者ではベンゾジアゼピンないしジギタリスに焦点をあてた過量予防プログラムの必要性を強調する結果でした。

例会では、今回の論文に関連して梅田さんから、東京都監察医務院事例と処方データを用いた症例対照研究により医薬品の過量服用による死亡リスクの高い薬剤を初めて同定した研究 (引地和歌子ほか.精神神経学雑誌2016; 118: 3-13)の論文と、今回の論文の著者である医療経済研究機構の奥村さんたちのグループの調査による過量服薬の主な原因薬剤ワーストテンの紹介がありました。前者では精神科で処方された薬剤が過量服薬による直接的な死因となっていることが示唆されており、リスクの特に高い薬剤として、pentobarbital calcium(ラボナ), chlorpromazine-promethazine-phenobarbital(ベゲタミン、その後販売中止), levomepromazine(レボトミン、ヒルナミン)、flunitrazepam(ロヒプノール、サイレース)があげられています。後者ではフルニトラゼパム(ロヒプノール、サイレース)、エチゾラム(デパス)、ブロチゾラム(レンドルミン)、ゾルビデム(マイスリー)とベゲタミンがワーストファイブです。

討論では、個人情報保護の観点から匿名化連結の仕組みなどの質問のほか、レセプトの電子化、電子カルテの普及などで今回の論文のような医療実態を明らかにする研究論文の増加が見込まれること、ドイツなど欧米諸国では古くからビッグデータを用いた医療の質向上と医療費抑制を両立させる取り組みが行われていることなどが話し合われました。

薬剤師 寺岡