くすりのコラム HPVと糖鎖(NEWS No.501 p08)

構造生物学の専門誌Structureに2016年12月に掲載された「Cryoelectron Microscopy Maps of Human Papillomavirus 16 Reveal L2 Densities and Heparin Binding Site」では今まで不明であったHPV16のヘパリン結合を明らかにしました。低温電子顕微鏡写真から、HPV16のカプシド20面体の頂点にヘパリン(へパラン硫酸プロテオグリカンは高価なため生物学的構造研究ではヘパリンが使用される。)がくっついて感染初期に起こるHPV-ヘパリン複合体構造が、宿主侵入に向けHPVカプシドのフォーメーションを変化させることなどが示されています。ヘパラン硫酸プロテオグリカンは糖鎖の1つで哺乳類細胞表面に存在し、多くの生理活性タンパク質と結合してその活性制御に関わり、細胞外ではマトリックスとして存在しています。ウイルスの増殖は普通、

  • 吸着
  • 侵入
  • 脱殻
  • 合成
  • 成熟
  • 放出

の段階を経て起こります。ウイルスが感染するには宿主に「吸着」平たく言えばくっ付いて、「侵入」する必要があります。カプシド蛋白殻の周りにエンベローブという膜があるウイルスは宿主細胞の糖鎖に特異的に吸着するレクチンを使って「吸着」しますが、HPVのようなカプシド蛋白の殻しかもたないノンエンベロープウイルスは宿主細胞の表面にくっついて「皮膜ピット」と呼ばれる宿主のくぼみにとりこまれるような形で侵入していきます。植物のひっつき虫を想像してもらえればいいかもしれません。レクチンをもたないウイルスは糖鎖を利用しないのかと考えていましたが、HPVが糖鎖にくっつくということはレクチンをもつものと何か似ているところがあるのかもしれません。

私はいままでHPVカプシド蛋白がもつMolecular mimicry(病原体と自己蛋白の間に一次構造や高次構造の類似性が存在すること)が自己免疫に作用しているのではないかと考えていました。(2014年4月号)しかし、この論文のカプシド蛋白全体がヘパリンに覆われた姿を見たとき、局所の自然感染ではなぜ液性免疫ではなく細胞性免疫によって排除されるのかはっきりとわかりました。宿主細胞に覆われたウイルス抗原では抗体を作るのも難しいでしょう。自然感染ではわずかな抗体価しか上がらないのも頷けます。自己免疫の作用しているのはMolecular mimicryより他のものがあるのかもしれません。

日本生化学学会HP「糖鎖相同性による自己免疫疾患の発症機序」に糖鎖に対する自己抗体を着目点に困難な分子相同仮説を立証したことが書かれています。1つ1つ事実を捉えていく糖鎖研究分野は本当のことを教えてくれます。ヒトパピローマウイルスについて私たちは何も分かっていません。HPVワクチンは自然ではありえない方法で液性免疫を誘導して接種した子供達の体のなかでどのように反応しているのかも分かりません。このウイルスやワクチンについて何か知っていることはあるのでしょうか?

薬剤師 小林