くすりのコラム お金と薬(NEWS No.502 p08)

最近、失業した患者さんが主治医から「収入も減るし高い薬を止めないといけないなあ」と言われたそうです。患者さんの生活面の話を聞いて、懐具合を気にしてくれるお医者さんの話は聞いていて温かい気持ちになります。体のことを考え金銭的に無理しても必要な薬を継続することも大事ですが、短い診療時間に「必要な薬だから出します、飲んでください」の一言で片付けられた患者さんは納得できないと嘆いています。患者さんの経済状態には医療を受けることで却って悪化することが心配されるものもあります。

10年ほど前に高額なガンの薬のためダブルワークをしている患者さんに出会いました。病気になるまでは昼間の仕事だけで暮らせていたのですが、治療のため昼間の仕事も度々休まなければならず、病気で今まで以上にお金がどうしても必要になり夜間の仕事を始めることになったのです。彼女の始めた夜間の仕事はホテルのベッドメイキングで、他にシーツ・タオルなどの洗濯・仕上げをするリネン業務も含まれていました。窓のない個室のリネン室は大型乾燥機などが並び、高い湿度と室温が40度近くにも上がる過酷な環境であることを話してくれました。慣れない間は上手に水分補給ができずふらふらになったそうです。彼女はどんなに生活が困難でも受けられる治療に感謝して給料日には「薬代待ってくれて有難う」と言って薬代を持ってきてくれました。

大手電機メーカーの下請け工場で働いている高齢男性は「眠らない薬」を希望してリタリンが処方されました。眠りたくない理由を聞かずに医師は「眠らない薬」をそのまま処方したことに驚きました。リタリンは病的な眠気を引き起こす「ナルコレプシー」に適応のある薬です。その男性は疲れきって出ている眠気を抑える薬を欲しがっていたのです。男性は、元請けから短い納期で部品を仕上げるよう要求され、不良品を出してしまいました。その損害を大手メーカーから要求されていること、不良品と交換するための部品を新たに作らなければいけないことなど話してくれました。工場の社長に「お前が寝ながら作るからこんなことになったんや。病院で眠らん薬を出してもらえ。」と言われて心療内科に来たそうです。こんな薬飲んでも何も事態は良くならないし間違っていることを話ましたが、受診した証拠が必要だと必要のない薬を男性は持って帰ると言いました。仕事で真っ黒に煤けて皮の厚くなった指先で、ボロボロの小銭入れからお金をつまみ出し私にお金を払ってくれました。その光景が私の頭から離れません。私は何もしてあげられず、とても悪いことをして生活している自分を意識しました。この男性の抱える問題は医療で改善できるものではなかったのです。

「厚生労働省は14日、医薬品の値段(薬価)に「費用対効果」を反映させる制度の導入を前に、一般市民を対象に全国で実施する意識調査の詳細を決めた。1年間延命を可能にする薬への支払額をいくらまで許容できるか面接で聞く。」と報道されました。ここに本当の弱者の声は反映されるのでしょうか?何もできなくても、みんなで、ほんの少し弱者の声に耳を傾けて聞いて欲しいです。

薬剤師 小林