文献紹介 より良いヘルスケアのためのEBM宣言 (その1)(NEWS No.506 p03)

このeditorial(論説)は本年6月、BMJ(英国医学雑誌)に公表されました。副題は「患者ケアを支える研究での、体系的な偏り、無駄、誤り、そして詐欺行為に対する対応」となっています。著者は、オックスフォード大学EBMセンターのdirectorsとBMJ編集主幹の人々です。

著者達は「Evidence Live」と称する”より良いヘルスケアのためのエビデンスを開発、普及、実行する”ための会議を毎年開催してきました。「この仕事や他の企画を通じて我々は、臨床実践の基礎研究から実施までに及ぶエビデンス生態系の広範囲にわたる本質的な問題を知るが、またその進歩と解決法をも知る」と序段に述べています。

現状のエビデンスの「本質的問題」について、著者達は「なぜ我々はエビデンスを信頼できないか?」との見出しを付けて述べています。

『公表されている殆どの研究は少なくとも、ある程度は人を誤らせるもので、研究所見を実際に履行したり理解するのを損なう。実践への理解の欠如は、以下に述べることによって一層悪くなっている・・・商業上と学術上の既得権が十分、管理されていない;研究日程でのバイアス(しばしば、研究課題と成果のなかに患者の全体像を考慮していないことによる);透明性と独立した綿密な調査が無いためプロトコールをフォローしたり、早くに中止できなかった拙いデザインの治験;代理著者;出版や報道でのバイアス;そして過大解釈や誤用されたり、訂正されない誤りを含んだり、見破られなかった詐欺を隠している結果など。

拙いエビデンスは拙い臨床決定をもたらす。臨床家が公表されたエビデンスを判断し、いかに行動すべきかをアドバイスするために多くの組織が出現してきた。これらはまた、信頼に足りないガイドラインの作成、規制上の失敗、有害薬の回収遅れのような問題に包囲されている。集合的にはこれらの失敗は、治療費の拡大、医療過剰(医療化、過剰診断、過剰治療など、関連する概念を含む)、そして避けられる損害などの一因となっている』と批判しています。

次の「Box1」は、EBMの発展に対立している例を具体的に示したものです。

Box 1:「現状のエビデンスでの問題点」
(各項目には参照文献が付記されています)

  • 画期的なレビュー(再検討)では、全てのトライアル(治験)のうち半分は公表されず、negative trialの結果に比べてpositive trialが2倍は公表されるようであると示唆していた
  • 薬の治験費用は、10年間に5倍になり、新薬の開発を妨げている
  • 現在、研究費の85%はムダになっている
  • 系統的なレビュー研究では、92のコクランレビューのうち86%は主たるharm outcome(有害な予後)を含まなかった
  • 39の研究を対象とする系統的なレビューでは、共有されるべき臨床決定戦略を評価するしっかりした研究がなかった
  • 2009年から2014年、製薬会社は犯罪行為や民法違反により総額130億ドルの罰金を課された・・・このような問題の再発防止のための組織的変革は起きなかった
  • 診療ガイドラインの著者とスポンサーとの利益相反を禁止あるいは制限するよう繰り返しの要望に拘らず問題は残っている
  • 科学者の34%は疑問の余地のある研究慣習を報告している、その中には、統計的有意差を求めてのデータの掘り起し(mining)、予後の選択的報告、予後の取り換え、出版バイアス、プロトコールの逸脱そして利益相反の隠匿を含んでいる
  • BMJの著者と査読者9036人に対する2012年の調査では、回答した2782人(31%)の中の13%が、英国の科学者や医師が公表目的に研究データを不適当に調整、変更や偽造したことを証言したり直接知っていた
  • 630文献の著者のうち8%は、著者自身についての申立て(authorship statement)に嘘をついたことを認めた

次回は「EBM宣言」の紹介です。

伊集院

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<編集より>
EBMは1990年代より、臨床医学を大きく発展させた科学です。それまでの、「権威」などの経験に基づいたり、生理学・化学を直接応用した、人間での科学的評価ができていない医療から、人間を対象とした臨床試験の科学性を評価する方法論、RCTのシステマティックレビューを頂点とする、評価基準をつくりました。そのことにより、現在実行できる最善の医療を提供すると共に、臨床医学にも基礎医学にも、今後の研究課題を提供する上で、かってなかった貢献をしています。今や、EBMの推進なしに科学的医療はありえません。

しかし、主にグローバル製薬企業の利益至上戦略がEBMを邪魔として、巨大な力を注いでEBMを歪めようとしています。それとの闘いなしに、EBMの推進は望めないことが明白になってきました。その、具体的な歪曲の例を分析し、それとの闘いの方針を出しているのが、ここに紹介したBMJ論文の意義です。今回の紹介論文は、この脈絡で読んでいただくものです。医問研は、多少ともこれらの闘いの一環を担ってきましたので、これらの論文を参考として、今後ともその努力を続けてゆきます。同時に、それはEBMに対する疑問や様々な意見との、科学的な討議をしてゆくことだと、今回のシンポは教えてくれたと思います。(はやし小児科 林)