くすりのコラム 虫とくすり(NEWS No.506 p08)

「ミナミのカフェで虫を食べてきたよ。」と高校生の息子が話すので驚きました。カフェのメニューにあるミールワームは甲虫ゴミムシダマシ科の幼虫でその料理はネットで見ることができます。2013年に国連食糧農業機関(FAO)が出した報告書「食用昆虫─食料および飼料の安全保障に向けた将来の展望─」では肉変換率(1キロ太るため必要な餌量)は昆虫の方がよく、昆虫肉1キロの生産が飼料2kgを要するのに対し,家畜牛肉を1kg生産するためには8kgと書かれています。2013年当時FAOの報告書を読んでも昆虫食が受け入れられるとは考えられず、この問題は実現不可能なものと考えていました。ところがFAOの報告書以降、食用昆虫に対する普及活動や衛生的な大規模養殖の研究が進められていたのです。本格的な食事というより好奇心の対象ではあるものの、食用昆虫の普及は少しずつ進んでいるのかもしれません。

薬にも昆虫は利用されています。古くから使われている漢方には地竜(ミミズ)、蝉退(セミの抜け殻)、白僵蚕(白僵菌で干からびたカイコ)などが使われています。またある種のハエの幼虫を使った難治性創傷を治療する方法(マゴット療法)が見直されています。マゴット療法は英国では1995年にNHS(国民健康保険)に、米国では2004年にFDA(食品医薬品局)に認可されています。マゴットは壊死組織だけ除去することができ、マゴットの出す分泌液は薬剤耐性菌に対しても殺菌作用を有することが報告されています。また、バイオ医薬品生産のための宿主として昆虫が利用されています。HPVワクチン・サーバリックス製造には組換えバキュロウイルス (昆虫ウイルス) を感染させたイラクサギンウワバ由来の昆虫細胞によってつくられています。その同じ方法でのインフルエンザワクチンの生産をUMNファーマとアステラスが共同開発を目指していましたが、サーバリックスは問題ないという国がなぜか2年以上も認可せず、両社の契約が解除されたことが今年2月に報道されました。厚生労働省は、今年度のインフルエンザワクチンの製造量が昨年度使用量を下回る見通しで「1回または2回」の13歳以上の任意接種は原則1回接種を推奨するとしています。短期間でワクチンを製造できるバキュロウイルス・昆虫細胞系を用いたタンパク発現技術が安全であるなら厚生労働省としては、すぐにでも使いたい技術であることは間違いありません。

普段、昆虫食用食材が商店やスーパーで並ぶことはありません。食文化や警戒心は幼い頃から保育者を通して学ぶため、虫に嫌悪感を抱く母親の子供は虫を見れば悲鳴をあげます。ところが人は粉々の漢方や姿形のない薬液になったとたんにその嫌悪感や警戒心はなくしてしまいます。幅広い昆虫利用は人類の未来に必須になるでしょうが、新しい技術には常に警戒心を持つことが大事です。

薬剤師 小林