臨床薬理研・懇話会10月例会報告(NEWS No.507 p02)

臨床薬理研・懇話会10月例会報告
シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第30回
医薬品安全性監視での「リアルワールドエビデンス」の利用 ラジカットは腎損傷を来たさないか

日本で2017年10月20日に欧米に先駆けて、医薬品承認での有効性安全性の根拠が臨床試験(介入試験)でなく、医療情報データベースや患者レジストリなどを活用した調査(観察研究)でよいとする「条件付き早期承認制度」が、国会で法案として審議されず、厚労省通達で即日実施されました。そうしたこともあり、この「臨床薬理論文を批判的に読む」のシリーズでも観察研究 (コホート研究、症例対照研究など)の論文を批判的に読む力を強化したいと思います。

今回は、フリーラジカル消去剤エダラボン (ラジカット注)の安全性に関する「福岡脳卒中レジストリ」を用いたコホート内症例対照研究の論文です。
Kamouchi M et al. Acute kidney injury and edaravone in acute ischemic stroke: the Fukuoka Stroke Registry. J Stroke Cerebrovasc Dis 2013; 22: e470-6.

エダラボン(ラジカット注)は2010年に販売されましたが、急性腎不全の有害事象が多発し、緊急安全性情報が出されました。今回の論文は、九州大学病院とその関連病院の著者たちによるもので、福岡脳卒中レジストリ(2001.6-2009.5) のデータ を用いた薬剤疫学研究(コホート内症例対照研究) であり、三菱田辺ファーマが関与しています。結論は、ラジカットは急性腎損傷(AKI)を引き起こすとされているが、逆に急性虚血性脳卒中患者でのAKIの進展に保護作用が示されたとしています。

研究の目的は、エダラボンが急性虚血性脳卒中患者でAKI と関係するかどうか明らかにすることにありました。福岡脳卒中レジストリから、症状の始まりから24時間以内に入院した急性虚血性脳卒中の連続した患者がこの研究に含められました。AKIの前兆となる因子を同定するために、福岡脳卒中レジストリコホート(患者集団)に対するロジスティック回帰分析がなされました。AKIとエダラボンの関係を明らかにするために、傾向スコアがマッチしたコホート内症例対照研究(nested case-control study)が行われました。

結果は、急性虚血性脳卒中患者5689症例の128症例(2.2%)にAKIが起こりました。多変量解析の結果、AKIに進展する前兆因子として、脳卒中サブタイプ、基礎血清クレアチニンレベル、入院時の感染症合併の存在が判明しました。対照的にエダラボンは、AKIに進展するリスクを減じました(多変量調整オッズ比OR=0.45(95%信頼区間CI:0.30-0.67))。傾向スコアでマッチした症例対照研究はエダラボン使用がAKI と否定的に関係することを確認(傾向スコアで調整した OR0.46、95%CI 0.29-0.74)したとしています。エダラボンは急性虚血性脳卒中患者のAKIの進展に対し保護的効果があったとの結論です。

しかしデータを検討すると、入院時の血清クレアチニンレベルはエダラボンを投与していない患者(1.45±1.77mg/dL)よりもエダラボンを投与された患者(0.83±0.66mg/dL)で顕著に低いのです(P<0.001)。そして入院時に投与を開始した際に、エダラボンはAKIのない患者によりしばしば投与されていました。これはエダラボンが急性腎不全の有害事象で緊急安全性情報が出され、医師の意識に影響したのでないかと思われます。

レギュラトリーサイエンス学会誌特集「リアルワールドデータ(RWD)の活用と課題」(2017.9)の巻頭論文で、林邦彦は「薬剤疫学研究がRWDを利用する場合、最も注意すべきは『比較可能性』の考慮」としています。現実社会では、ある患者に対してある治療法が処方されるのはランダムにされるのでなく、さまざまな事項が治療法の決定に影響します。このことが治療法Aの使用者と非使用者の比較ではバイアス(治療適応による交絡)として大きく影響します。統計学的には適応による交絡は傾向スコア(propensity score)などで調整されますが、今回のようにエダラボンの使用者と非使用者の背景の違いが大きく異なる場合は、統計学的な調整法を使用する前提が崩れているとみられます。

ラジカットが添付文書に記載されている腎障害の害作用とは逆に、腎障害の保護作用があるとの本論文の主張は疑わしいとの判断となりました。

薬剤師 寺岡章雄