臨床薬理研・懇話会11月例会報告(NEWS No.508 p02)

臨床薬理研・懇話会11月例会報告
シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第31回
リアルワールドエビデンス(観察研究)の論文を批判的に読む:
糖尿病治療剤シタグリプチンはメトホルミンとの比較で全死亡などを増加させないは本当か

引き続きリアルワールドエビデンス( RWE、観察研究)の論文を取り上げました。デンマークのレジストリデータを用いた糖尿病治療剤シタグリプチン (商品名:ジャヌビア、グラクティブ)のコホート研究論文です。
Scheller NM et al. All-cause mortality and cardiovascular effects associated with the DPP-IV inhibitor sitagliptin compared with metformin. a retrospective cohort study on the Danish population. Diabetes, Obesity and Metabolism 2014;  16: 231-6.

抄録の結論では、シタグリプチンはメトホルミンとの比較で、全死亡や複合エンドポイントを増加させず、血糖降下作用は優れるといっていますが、これは信頼できるのでしょうか。今回も観察研究で要となる「比較可能性」が問題です。

今回の主なポイントは、時間に関するバイアス、とりわけ “ Immortal time bias” です。Samy Suissaがその重要性を広く知らせたバイアスで、観察研究でよく現れ典型とも言えるバイアスです。よく知られた心臓移植の有効性評価の例では、心臓移植に同意してからの平均生存期間は、移植を受けなかった人の74日と比較して、移植を受けた人では111日で1.5倍でした。しかし、同意してからの生存期間の比較は適切でありません。同意後、実際に移植を受けるチャンスまで生き延びた患者の生存期間は、移植を受けるチャンスまでに亡くなった患者より長いのは当然です。“ Immortal ”とは「死なない」「イベントが発生しない」の意味ですが、仮に死んだら移植を受けた患者としては分類されず、死ぬことはできないので“ Immortal time ”と呼ばれます。この期間を曝露の期間に「誤分類」すれば、誤分類によるImmortal time bias、非曝露の期間から「除外」すれば、除外によるImmortal time biasとなります。これらはいずれも rate ratio (発生率比)を過小評価する方向に働きます。Immortal time biasは予防治療の効果を過大評価し、薬の害作用を過小評価します。

今回取り上げた論文の結論は、メトホルミン単剤治療と比較し、シタグリプチン単剤治療は全死亡、死亡を含む脳卒中や急性心筋梗塞の複合エンドポイントに関して有意なリスク増加を示さないとしています。対象となったのはメトホルミン群がメトホルミン群開始前に血糖降下剤が処方されていない患者で、シタグリプチン群はシタグリプチン開始前に「メトホルミン以外の」血糖降下剤が処方されていない患者です。シタグリプチン群は「メトホルミン以外の」の部分がメトホルミン群とバランスがとれていません。このアンバランスが正しく処理されればいいのですが、そうなっておらず、「比較可能性」が成立しなくなっています。

この論文にはいくつかの問題点がありますが、最も大きなものは Immortal time bias です。
次の2人の患者の場合を考えます。
患者Aは、はじめメトホルミン、曝露が途中でシタグリプチンに変わったと扱わないとImmortal time bias を生じますが、この論文ではそのように扱われていません。患者Bのようにイベントがメトホルミン投与中に起これば、メトホルミンのケースとしてカウントされますが、イベントが発生しない患者Aではこの期間を除外しています。メトホルミンにおける発生率の分母からAのメトホルミンの期間が除かれ、発生率は過大評価され、相対リスクは過小評価されます。

シタグリプチン群1228人中1126人 (91.6%) の多くでメトホルミンが先行しています。患者Aのパターン(メトホルミンのNew User でシタグリプチンに変更) はかなりの患者でみられる可能性があり、その影響は無視できません。

なお、著者は234ページ左上で、治療期間が30日以上の継続使用者に制限しなかった場合結果が変わるか“Immortal time bias”がないか確認の検討をしたとしています。この「曝露ありとする暴露の最低期間」がImmortal time biasを起こす可能性は考えられません。Immortal time biasに触れながら間違っているようです。

他には、Table1 のCo-morbility で既往に虚血性心疾患、脳血管疾患を持つ患者が除外されていません。すでにケースとなった人は at risk でなくコホートから除外する必要があります。また、Table 2 のイベント数は本文に“during the study period”とあり、治療期間でなく全観察期間のイベント数でないかともみられます。
これらから、シタグリプチンはメトホルミンとの比較で全死亡などを増加させないとの本論文の主張は疑わしいとの判断となりました。

薬剤師 寺岡章雄