氾濫する「福島原発事故後の病気増加」データの注意点(NEWS No.509 p05)

【放射線はあらゆる障害を引き起こす】

放射線が生体内を通過する際に細胞の核内やミトコンドリア内の核酸の鎖を破壊されることが知られています。また、電離作用によって活性酸素が発生して細胞膜が破壊されたり、発熱作用による障害が見られたりすることが指摘されています。これらの障害はすべての細胞で起こる可能性がありますから、その意味ではあらゆる疾患が発生する可能性があると言えます。

【障害の現れやすさには差がある】

外部被曝の場合は、放射線が飛んでくる方向は無差別です。しかし、放射性ヨウ素や放射性セシウムを体内に取り込んだ場合、化学的な性質はヨウ素やセシウムと同じであるので、特定の臓器(甲状腺や心臓など)に集積したり、堅く結合したりします。内部被曝の場合は、障害を受けやすい臓器というのが存在するわけです。
また、核酸への障害という点では、盛んに分裂する細胞(精子、受精卵、血液細胞等)への影響が大きくなります。その点で、胎児への障害や白血病などの増加が問題となります。

【障害の目立ちやすさには差がある】

何百万人もの人が被曝して、何百人かの障害が増加する場合、もともと障害の発生数が小児甲状腺がん(3人/100万人/年)のように少なければ、数十倍の増加となり目立ちます。逆にもともとの発生数が数万人と多ければ数%の増加となって誤差範囲に埋もれかねません。したがって、私たちの検証は、まず、検証しやすいものから検証していくことになります。

【データの質、信頼性】

患者調査は500床以上の病院と層別抽出した医療機関に対して、指定した日の疾患名と受診状況を調査したものです。福島県の病院(病床数20床以上)数は2010年10月時点で140病院であったのが、震災後の2011年10月時点で130に減少しています。ただし、500床以上の病院は2010年10月時点と2011年10月時点では、いずれも8病院で変化がありませんでした。したがって、震災後、無くなった10病院分の患者は大きな病院へと集中する傾向があり、県全体で病気になる人が増えなくとも、患者数が増加することを考慮しなければなりません。
がん登録は1950年から開始された制度ですが、都道府県間で、がんを診断した医師がどれだけ報告するかというところに差があり、しかも、全国の都道府県で実施されるようになるのは、なんと2012年からなのです。全国的ながんの罹患状況としては使用可能ですが、都道府県間の比較としては信頼性に問題があります。

【死亡統計の利点】

死亡統計は死亡診断書に基づいて集計されます。人が死んだ場合、死亡届がなされず、死体検案書も出されないというのは極めてまれです。従ってその数値は非常に正確なものです。

【原死因選択の問題点】

死亡診断書(死体検案書)はもれなく記載されることは期待できますが、何を死因とするかということで医師による見解の差が大きいのです。
死亡統計に採用される死因とは「原死因」と呼ばれ、「直接に死亡を引き起こした一連の事象の起因となった疾病または損傷」を特定するようになっています。公衆衛生上、起因となった疾病を予防したり、進行を予防したりすることに寄与するために「原死因」を採用することになっています。
以前は、死の直前に心臓が停止して死に至ることで、死因を心不全とする医師がかなりいたので、死亡統計上の大問題となりました。そこで、安易に「心不全」「呼吸不全」としないようにマニュアルに注意書きがなされ、死亡診断書のⅠ欄に「ア)直接死因」、「イ) ア)の原因」、「ウ) イ)の原因」、「エ) ウ)の原因」、そして、Ⅱ欄「直接には死因には関係していないが、Ⅰ欄の傷病等に影響を及ぼした傷病名等」と5箇所に記載できるようになりました。
その中から厚生労働省の専門官が「原死因選択ルール」(①Ⅰ欄の最下欄の傷病、②Ⅰ欄に妥当な傷病がなければⅡ欄の傷病)に従って、
たとえば、糖尿病になり、進行して、腎不全で透析、末梢循環不全で足が壊疽をおこし、切除術をおこなうも敗血症を起こし、多臓器不全で死亡した場合、1欄にア)多臓器不全、イ)敗血症、Ⅱ欄)糖尿病と記載すれば「敗血症」が死因として採用されるわけです。また、Ⅰ欄にア)多臓器不全、Ⅱ欄)糖尿病との記載だと「糖尿病」が死因として採用されます。死亡診断書記入医師の記入内容によって、採用される「原死因」にはばらつきがでてしまいます。

【アルツハイマー病の評価】

死亡統計から福岡県と東京都を比較して、アルツハイマー病が増加しているとの指摘があります。この場合、青年・壮年層の人口集中が見られる都市と人口の過疎化が進む農村部をそのまま比較(粗死亡率)すると高齢者に多くなる病気は過大評価されてしまいます。そのために、年齢構成の違いを補正するために、年齢調整死亡率で比較する必要があります。
そこで、アルツハイマー病の年齢調整死亡率を算出して福島と東京を比較してみました。その結果、福島での2013年以降の増加がみられました。さらに、福島、東京以外の都道府県での「アルツハイマー病」の年齢調整死亡率を算出してみました。2016年について、福島が3.03で、東京が2.18で、宮城が1.86、茨城が1.53と東京よりも低く、そして、大阪が0.29と福島の10分の1しかなかったのです。アルツハイマー病の年齢調整死亡率のように日本国内で10倍以上も開くような疾患はありません。これは疾患の発生状況の差ではなく、アルツハイマーを原死因と考える医師が大阪で少なく、東京や福島で増加しており、福島では特にその傾向が強いということです。アルツハイマー病が「原死因」に挙がるためには死亡診断書の記載が、Ⅰ欄ア)「呼吸不全」Ⅱ欄「アルツハイマー病」となっているか、Ⅰ欄のア)「呼吸不全」、イ)「肺炎」、ウ)「アルツハイマー病」ということです。特に後の記載が、原死因としての「アルツハイマー病」の認識が高まる傾向が特定の地域で見られるのかも知れません。

【死亡統計評価上のその他の注意点】

すでに、急性心疾患の増加について報告しましたが、急性心疾患を心筋梗塞、虚血性心疾患、不整脈伝導障害、虚血性心不全、その他の心疾患、突然死とする医師がいて統一性が無い病気もあります。
また、発病しても死亡までにいたらないとか、死亡までが長いために現象が見えないものもあります。
慎重に、しっかり吟味をして検討をしないといけません。安易な結論は玉石混交となり、味噌を糞にしようとする勢力に手を貸すことにもなりかねないことを心しましょう。

ac保健所  森