抗菌薬適正使用「手引き」撤回要請は科学的に(NEWS No.512 p01)

抗菌薬の適正使用への動きが大きく変化したことは前号で高松氏から報告がありました。私たちは、今回の適正使用の方向に賛成です。

ところで、日本は抗菌薬適正使用どころか抗菌薬乱用が長年続いています。その結果、肺炎や髄膜炎を起こす肺炎球菌のペニシリン耐性は世界35国中ワースト1位、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球)率は37か国中5位など、世界トップクラスです。既に25年前の1993年に、私たちは日本小児科学会に対し、かぜなどへの抗菌薬の投与は不要、と明確にするよう申し入れしましたが断られ、科学的な抗菌薬使用が進められませんでした。今回の対策は世界から求められ、厚労省が重い腰を上げたものと思われます。

今年4月からの「抗菌薬適正使用加算」は、診療をその「適正使用の手引き」(以下「手引き」)に従うことが求められていますが、この「手引き」は、「かぜ」を含む上気道炎、気管支炎、副鼻腔炎、「急性下痢症」(感染性腸炎など)のほとんどには、抗菌薬は不要であることを解説した内容です。その意味では、この種のガイドラインとしてかってなく適正使用にそった内容です。

とはいえ、厚労省がかってに作った「手引き」に従わなければ保険料金を支払わないという体制になることには問題があるかと思われます。なぜなら、現在の多くの「ガイドライン」、特に日本のものは製薬企業にとても「配慮」した、非科学的な内容が含まれている可能性があり、それに強制力がつくのは、本当に科学的医療をしたいと考える患者・医師にとって壁になるからです。しかし、抗菌薬使用は個々の学会や医師に任せていては前述の状況を脱しなかったのです。

全国保険医団体連合会(保団連)は2月27日に厚労省に対し、厚労省「手引き」を診療報酬の算定要件に追加しないこと、すなわちこの手引きの撤回を求めたのです。その理由は、「対策として抗菌薬が投与されないために疾病が重症化し、最悪の場合、手遅れとなって死に至ることが想定されます。」「患者の生命と安全の確保を第一に考え、臨床現場の医師の裁量と納得により進めるべきです。」要するに、「手引き」に従えば、死に至るので、医者がかってにやればよい、ということです。RCTやさまざまなコホルト研究を基にした抗菌薬の使用方針より、「臨床現場の医師の裁量」の方が良いとするわけです。上記疾患への抗菌薬投与は、病気そのものに効果がないことはもちろん、合併症も防げないことが科学的に証明されていることを知らないのでしょうか?

さらに、医師の「裁量」は(臨床試験以上に)製薬会社の強い影響を受けており、それが乱用につながってきたのです。この保団連の対応は、かつてNHKの「ためしてガッテン」でのかぜに抗生物質は効かないとする放送内容に、医師の裁量をかざして批判した記事を機関紙に載せた大阪保険医協会(保団連の大阪の組織)の過ちを想起します。(この時は、これに対する私の反論も載せてくれましたが。)

保団連の要望の根拠は長崎県保険医協会が実施した会員へのこの「手引き」に対する単なる「意見」にすぎません。みんなが反対だから駄目だ、というわけです。これでは、保団連が根拠に基づく医療EBM(科学的医療)に反対し、「医師の意見」を基にした医療を対置していることになります。科学的に反対できないから、医学的根拠でなく医師の「意見」で反対するわけです。これは、科学を無視して抗菌剤を多用し、患者・市民の健康を損なうが、抗菌薬使用で患者を集めようとする医師と製薬企業には利益をもたらす行為です。

「手引き」は、対象者として乳幼児、疾患として中耳炎を検討から除外している、などの基本的な問題点があります。これも含めての「適正使用加算」政策の評価(効果を発揮したかどうか、問題が生じていないか?)を学会として、早急に調査すべきであることを、4月28日の日本小児科学会総会で要望してきました。

はやし小児科 林