臨床薬理研・懇話会3月例会報告(NEWS No.512 p02)

臨床薬理研・懇話会3月例会報告
シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第35回
HPVワクチン名古屋市調査論文-健康者接種バイアス(Healthy vaccinee effect)

調査は2015年1月、HPVワクチンの害を訴えている「全国子宮頸がん予防ワクチン被害者連絡会愛知支部」が古屋市に実態調査を要望したのを受けて、河村たかし市長が実施したものです。調査は2015年9月、名古屋市に住む15-21歳の女性7万人を対象に実施され、ワクチン非接種者も対象にしたこと、規模が大きく約3万人から回答、回収率も43.4%と高いことなどが特徴です。HPV ワクチン接種後の症状の可能性があると被害者の会と協議して採用した24 種類の症状を、小学6 年生時から調査時点までに経験したことを、主要な評価項目(アウトカム)としました。病院を受診した症状、今も残っている症状についても併せて尋ねているので、これらも解析されました。解析を担当した鈴木貞夫氏(名古屋市立大学公衆衛生学教授)らは、このアンケートのデータを分析して、2015 年12 月に、接種後の症状とHPVワクチンの因果関係を示すような関連はないとする中間結果を報告しました。被害者の会やNPOJIPなどから批判があり、この中間報告は撤回されました。しかし、2018年3月1日、同様の結論の論文が英文誌Papillomavirus Research に公表されたのです。
No Association between HPV Vaccine and Reported Post-Vaccination Symptoms in Japanese Young Women: Results of the Nagoya Study (Open Access)
HPVワクチン積極的推奨再開を求める厳しい状況の中で否定的影響が危惧され、この論文を批判的に読みました。

この論文では、主に健康者接種バイアス(Healthy vaccinee effect)がゆがみをもたらしています。病気がちの人はワクチン接種を控える傾向があり、そのため接種した人には健康な人が多く含まれ、非接種群には病気の人が集中します。単純に両群を比較すると、効果の面でも安全面でもワクチン接種群に有利に働きます。とりわけワクチン接種率が高くなると非接種群に病者が集中してゆがみが大きくなります。このバイアスは健康者接種バイアスの呼称のほか、一般に病者選択バイアス (frailty selection bias)とも呼ばれていますが、この呼び方は選択バイアスの一種と誤解されやすいので、浜六郎さんは病者除外交絡バイアスと呼んでいます(曝露する前の状態は交絡バイアス、ロスマン)。これについては岡山大の津田敏秀さんから、confounding by prior healthy status のコメントがあり、さらに考慮中とのことです。

著者たちは、この論文はHPVワクチンと日本の若い女性における報告された症状との関係について、集団の中で直接に比較した組織的に研究した最初の大規模疫学研究であると位置づけています。そして主な解析におけるプライマリーアウトカムの年齢で調整されたオッズ比のいずれでも、すなわち被害者支援グループないし何人かの医師によってHPVワクチンとの関係が重要として持ち出されている24の症状のいずれでも有意な関係は得られなかった。サブグループ解析などで一部有意な関連があっても、一貫したものでなかった。これらの結果はHPVワクチンと報告された症状との間の因果関係がないことを示唆しており、われわれの所見はHPVワクチンの安全性に関してWHOや日本政府のレポートを支持するものであるとしています。

しかし、この論文には大きな欠陥があり、論文に示されたデータは「HPVワクチンと報告された症状との間の因果関係がない」ことを示唆するものでなく、そうではなくHPVワクチンの害を示しています。データは、非接種者を基準(1.0)とした場合の、接種者に症状が起こる危険度をオッズ比という統計的な指標で示しています。オッズ比の95%信頼区間の上限が1.0よりも小さければ、接種者の方が非接種者よりも症状が起こりにくかったことを示し、逆に下限が1.0よりも大きければ接種者の方が非接種者よりも症状が起こりやすかったことを示します。Table 3では、24症状のうち14症状が接種者で有意なオッズの減少を示すという、通常では考えられない矛盾した結果となっており、これは健康者接種バイアス(Healthy vaccinee effect)によるものです。Table 6は、Table 3で対象となったワクチン接種者からワクチン接種年に症状があらわれた人 (Subjects with Early-Onset Symptoms) を除いたデータです。軽症も含めた症状では24症状のうち12症状でTable 3と同様に接種者がオッズ比の有意な減少を示し、1症状が有意な増加を示しています。病院受診に至った重い症状に限ると、オッズ比の有意な減少がみられた症状はなく、24症状のうち12症状がオッズ比の有意な増加を示しています。そして24症状のうち7症状(関節やからだが痛む、身体がだるい、すぐ疲れる、集中できない、めまいがする、簡単な計算ができない、簡単な漢字が思い出せない)では、軽症を含めた症状では有意に減少、病院受診に至った重い症状では逆に有意に増加するという矛盾した結果となっています。著者たちは、論文の考察を読むと健康者接種バイアスの存在を認識していることがわかりますが、オッズ比の有意の増加が認められなかった(逆に有意の減少が認められた)場合のみ言及して、肝腎のワクチン接種と有意なオッズの増加が認められた場合はまともに考察していません。オッズ比は、問題となっている認知や知的機能の異常、運動機能の異常を示す症状では高い値を示しています。接種前の健康状態による調整-病院受診に至った症状のみかけ上の危険度を接種前からの危険度で割れば本当の危険度が得られるーをすれば、「簡単な計算ができない」の危険度(オッズ比)は12、「簡単な数字が思い出せない」は8.8、「ふつうに歩けなくなった」は12.6にもなると推定されます。これらはHPVワクチンの影響がそれほどの危険度で接種後に生じたと考えないと説明がつきません。

例会の討論では、被害者の会との協働について記しながら、「HPVワクチンと被害者たちの症状に因果関係を示す関連はない」と断言する論文を一方的に公表するのは信義に反し、被害者の会は論文の撤回を求めてもいいのでないかとの意見が出されました。またHPVワクチン積極的推奨の再開を求めている日本小児科学会が、7月の学術集会で関連したセッションを設定すると予想されるので注視していく必要があるのではとの意見も出されました。

薬剤師 寺岡章雄