臨床薬理研・懇話会 シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第37回(NEWS No.514 p02)

臨床薬理研・懇話会5月例会報告シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第37回
「臨床試験・リアルワールドデータと医薬品規制庁」

厚生労働省は、「医薬品産業強化総合戦略」で、「薬事規制等を通じたコスト低減と効率性向上」の目標のもとに、「条件付き早期承認制度」を創設、さらに対照群を置かずリアルワールドデータ(実臨床データ、RWD)との比較のみで正式承認する新たな承認制度に向けて、動きはじめています。
今回は RWD への対応を含め、欧米の医薬品規制庁のスタッフが最近の新たな動きにどのような態度で臨むことを学術誌論文に発表しているかを知っておくために、欧州医薬品庁(EMA)のSenior OfficerであるEichler HGたちの2016年12月と2018年2月の論説をとりあげました。前者は英国リバプール大学、米国FDAの著者との共著です。後者は同じEMAの著者との共著です。

文献1. 精密医療と変化する規制庁の役割.  Nature Reviews Drug Discovery 2016; 15: 805-6.
精密医療の進展は医薬品規制に携わるものに課題を提供した。それらの課題は、

1) エビデンス発生の基盤
2) 規制プロセスへの患者の参加
3) 新薬のコスト
4) 新たな規制モデルの必要

を含む。さらにとりわけ命を脅かす疾患に対する早期の介入の場合に、それがもたらすリスクが受容できるかの難題が持ち上がる。

分子生物学と生命情報学の進歩は個人での有効性安全性が変動する基盤へのより良い理解を供給し、個々の患者集団に最適の治療をめざし得るようになった。細菌感染の患者は最も初期の精密医療の受益者であった。現在ではがんや希少疾患が精密医療適用の最前線となっている。
精密医療の発展はいくつかの領域で規制庁に対する課題をもたらしている。

1) エビデンス発生の基盤

この50年間規制庁の意思決定の基盤となってきたのは、頻度論流の統計学的アプローチ (“frequentist” statistical approaches)に基づくランダム化比較臨床試験(RCTs)であった。この手法はとりわけ高レベルの内部妥当性と因果関係推論の確立などの多くの長所をもっている。しかしこの手法は精密医療の対象となる細分された小さな患者集団には現実的でない。エビデンス発生の追加手段として考慮の必要なものに、RWDを使用した観察研究、臨床試験における適応性のあるデザイン (adaptive design. ベイズ流統計学 Bayesian statisticsに基づく)がある。われわれの見解では、RWDに基づく観察研究はRCTに置き換わるというよりもRCTを補完するのが妥当である。場合によってはそれらが得られる唯一の情報源ということがあるかもしれない。

2) 患者参加

伝統的に規制に関する意思決定への患者参加は、行政の諮問委員会への患者代表としての参加に限定されていた。これが変わり、今や患者やかれらのケアラー(carer, 世話をするひと)の代表は、医薬品開発と規制のあらゆる段階に関与しはじめている。今まで医師が判断するアウトカムのみによっていたがんでのアウトカム評価にも患者が評価するアウトカムが重視されはじめている。

3) 新薬のコスト

規制者たちの意思決定はこれまで医薬品の品質・有効性・安全性の科学的評価に基づいており、費用対効果に基づいたものでなかった。しかし今では価値に対する受容性の論議に引き寄せられており、規制庁と医療技術評価 (HTA)機関、支払者 (payers)との協働が行われはじめている。

4) 重要な新薬への早期アクセスに対する患者とヘルスケア供給者の期待

最初エイズやがん治療でみられたが、規制庁は早期アクセスの新たな仕組みを作ることを求められており、それぞれの地域でさまざまな名前の仕組みができている。これらは部分的に故Levis Sheiner 氏が提出(1997)した「学習し確証する (“learn and confirm”)」パラダイムに基づいており、学習し確証することが繰り返される。しかし早期介入の際にそれらがもたらすリスクが受容できるかは難題である。

文献2. 臨床試験の進化: われわれは未来の課題に取り組めるか?  Clinical Trials. . February 16, 2018.
臨床試験 (CT)コミュニティは、CTのグローバル化とフレームワークのハーモナイゼーション; 外部妥当性、プラグマティックトライアル、精密医療; CTの透明性(情報公開)、CT実施の複雑な課題 (operational complexity)、CTの経費などの課題に直面している。これらの課題に取り組むことにより、将来のCTはより実行でき、切実で、信頼できる (feasible, relevant, and credible) ものとなり、患者の利他的な寄与とより意味のあるデータの収集の両方に役立つものとなるだろう。
最初の近代的なRCTが1948年肺結核に対するストレプトマイシンで行われ、臨床試験の夜明けを迎えて以来、臨床試験は進化してきた。これには終わりがなく、新たな適応性のある試験デザイン(adaptive trial design)、プラットフォームトライアル(複数の治験薬などを同時に試験するデザイン)、それに他の新たなデザインについての論議などが続いている。
RCTに対する主要な批判として、治療の efficacy を測るための人工的なセッティングが、実臨床(real world)での治療の effectiveness と乖離しているという外部妥当性の問題がある。試験の受け入れ基準と除外基準を緩くすることが必要だがそのことで生じる問題とのトレードオフがあり、このefficacy とeffectiveness ギャップの解決が中心課題である。RCTデータとリアルワールドデータとの統合をはかることが頑健な正しい結論を得る鍵でないか。またすべての臨床試験は個々の患者とボランティアの参加の合意の上になりたっており、臨床試験の透明化(情報開示)が重要である。

例会のディスカッションではefficacy、effectiveness、efficiencyという似た言葉の使い分けが話題となりました。アーチボルド・L・コクランのEffectiveness and Efficacy: Random Reflections on Health Services (1971年: 森亨訳、効果と効率 保健と医療の疫学)は effectiveness をRCTでの有効性、efficiencyを日常診療に応用した場合のさまざまな要素も入ってきた有効性として用いています。その後、行政用語としてefficacyがRCTでの有効性の意味で定着し、現在のefficacy (有効性: 介入試験で確かめられる好ましい効果)、effectiveness (実践的有効性: 医薬品が投与された患者に働く程度)、efficiency (効率: 資源活用の観点からの効率性) の使い分けとなっています。

なお、例会当日、RWDが有効活用された最新トピックスとして、レセプト情報データベース (NCB)を用い、日本における認知症治療剤の臨床使用実態を明らかにした初めての研究(Okumura Y. Int J Geriatr Psychiatry 2018; 1-2)を紹介しました。85歳以上の高齢者の20%近くに認知症治療剤が処方されており、認知症治療剤の総処方量の内85歳以上への処方が50%近くを占めています。日本のガイドラインはアルツハイマー病治療に認知症治療剤処方を強く推奨していますが、著者たちは85歳以上は臨床試験から除外されていること、85歳以上では害作用が増加するため、ガイドラインの強い推奨は改める必要があると結論しています。

薬剤師 寺岡章雄