日本では85歳以上の高齢者が認知症治療剤総処方量の46.8%を消費しており、また85歳以上の全高齢者の17.0%が認知症治療剤を服用していることがわかりました。
医療経済研究機構の奥村康之主任研究員(現・東京都医学総合研究所主任研究員)たちが、レセプト情報データベース (NCB) を用い、日本における認知症治療剤の臨床使用実態を明らかにした初めての研究です。著者たちは、認知症治療剤ドネペジル(アリセプトとその後発品)、メマンチン(メマリー)、ガランタミン(レミニール)、リバスチグミン (イクセロン、リバスタッチ)の2015年4月から2016年3月までの処方を分析しています。研究結果は国際誌(Int J Geriatr Psychiatry 2018: 1-2)に掲載されました。
著者たちは認知症治療剤の臨床試験が世界的にも85歳以上の高齢者を除外して行われており、85歳以上の高齢者ではめまい・失神・吐き気・食欲不振などの害作用が増加するため、これらの高齢者で便益がリスクを上回るかは明らかでないと述べています。このため英国立医療技術評価機構 (NICE)のガイドラインは認知症治療剤を推奨していないが、日本のガイドラインは、医師にアルツハイマー病の治療に認知症治療剤の使用を強く推奨していることを述べています。そして著者たちは今回の調査結果から臨床試験で知られたことと診療実態にはギャップがあり、将来85歳以上を対象とした臨床試験データが得られるまでは、ガイドラインの強い推奨を改める必要があると結論しています。
この論文が出版され少し経った2018年6月1日、フランス保健省が、これら認知症治療4剤を公的医療保険の適用対象から外し、保険償還を8月1日から停止すると発表しました。この決定は同国の医療技術評価機構であるHASが2016年10月に公表した勧告を受けてなされました。勧告ではこれら認知症治療剤について「公的保険の適用を正当化するための医療上の利益が不十分」としています。有効性の面では、実際に治療対象となった患者よりも高齢で、臨床試験で有効性が構築されていないことを問題にしています。また行動障害や QOL (生の質)、施設入所までの期間に与える影響なども確立していないとしています。安全性では、消化器や循環器などに対する潜在的な害作用のリスクがあると指摘、さらに複数の疾患をもつ高齢者では薬物相互作用による深刻な害作用も懸念されるとしました。フランス保健省は今回の措置が患者の健康のための措置であると述べるとともに、薬剤の保険適用を停止すると同時に「患者に対する包括的なケアを強化する」とも表明しています。
薬剤師 寺岡章雄