EBMの中心的柱 コクラン内でのグローバル企業との闘い (NEWS No.517 p05)

最も厳格なシステマティックレビューを世界中で作成し、臨床医学の科学性を支えてきたコクラン共同計画(以下、コクラン)が危機に直面しています。
臨床研究は、特に薬剤に関しては、以前より企業の利益のための様々なごまかしで薬剤の効果を増幅させ有害作用を少なく見せることが多々あります。これらの具体例は元New England Journal of Medicine(NEJM)の編集長が書いた「ビッグファーマ」や、新鋭のベン・ゴールドエイカーが書いた「悪魔の製薬」に多数紹介されています。

日本の製薬会社の非科学性が世界共通に

さて、日本では、1990年代まで効果や安全性のアウトカム〔結果の指標〕として使用されていた「全般改善度」や「安全度」という医師の主観による、ひどいごまかしがありました。私たちはそのあくどいごまかしが製薬企業によって公然となされることを思い知らされていました。しかし、コクランのレビューアー達は、海外の権威ある医学雑誌も企業が利益を得るための研究報告を出すこと、に慣れていない人が多かったようです。
コクランでこの問題が大きく取り上げられたのは、タミフル・リレンザのレビュー問題からでした。それは、レビューに組み入れたデータが企業の作成したもので、元のデータも不明で信頼できないものであることが判明したからです。そのきっかけはコクランの民主的運営を保障する制度の一つの「Feedback」というもので、まともな意見に対しては一定期間内の回答を求めるものです。

企業出資の論文は信頼できない

レビューの著者トム・ジェファーソンらは、企業に対し「元データ」の提出を求めましたが、タミフルのロシュ社らは拒否。それに対し、コクラン、BMJ、イギリス国営テレビまでが元データの公表キャンペーンに加わり、開示に成功、浜六郎氏も加わった現在のレビューが完成しました(より詳細は、医問研ホームページで「タミフル」で検索していただくと関連記事を見ていただけます。)
今や、世界最高の権威を誇ってきたNE JMも含むあらゆる医学雑誌が企業の圧力におされ、薬のマーケッティング活動の一部門の延長となっています。〔元、BMJ編集者リチャード・スミス〕

企業の利益に利用されないコクランレビューを!!

従って、企業の重大な利益に係わるテーマでは、例え権威ある雑誌に掲載されていたとしても、論文のデータからだけでは本当のことを知ることができなくなっています。ジェファーソン氏らが生データをロシュなどに求め、また世界の薬剤規制当局に提出されたデータの公開を求めたのもそのためです。〔この時、日本政府は断っています。〕
それ以後は、ジェファーソン氏らが実行したように、特に企業の利益に影響するレビューでは研究の元データや規制当局のつかんでいるデータを評価する努力が科学的レビューのために不可欠になっていたのです。
企業の攻撃はコクランに対しても例外でありません。私が「抗ぜんそく薬」オキサトミドのレビューを発表するために2000年頃イギリスのヨーク市でのカンファレンスに出席した時も、企業からのごくささやかな援助の申し出がありました。それは参加者の全員一致で拒否されました。しかし、その後、コクランはあまりにも大きくなり、製薬企業などの入り込む余地が広がったのかも知れません、コクランの中でこの問題にどう対処するかで対立が大きくなっていたようです。

HPVワクチンのコクランレビューの不十分性

そのような中で、HPVワクチンのレビューがされたのです。このワクチンのメーカーは世界4位のメルク(日本ではMSD)と6位のGSK〔2017〕という巨大グローバル企業です。両社の莫大な利益がかかっているのです。そのため、医学雑誌に掲載された研究だけでなく、元データや、他の機関がつかんでいるデータを駆使してレビューをしなければなりません。しかし、5月9日(英国時間)に発表されたレビュー内容は、今日的に科学的レビューに必要なことがほとんどされていないようです。
その具体的な不十分点は7月27日月に発表されたBMJ Evidence Based Medicine (BMJEBM)のノルディック・コクラングループとジェファーソン氏の論文で明らかです。その不十分点をもったコクランレビューの結論は、効果があり、問題となる副作用もない、との企業の利益に添った結論でした。日本コクランセンターは素早くこの結論の日本語版プレスリリースをしました。

コクラン執行部のBMJEBM論文への反論

9月3日、コクランの正副チーフ・エディター2名が、BNJ EMJ論文への反論とその著者への非難声明を出しました。これによりますと、BMJEBM論文が批判する無視したとする20RCTのデータは今回のレビューのinclusion 基準に沿わないものであること、例えその20を加えても結論は変わらなかった、としています。対照をアジュバントとしたことにも反論しています。しかし、例えば、がんの代理のアウトカム(子宮頚粘膜変性)の程度をCN2とCN3の混合にしている問題などや、副作用に関する具体的な指摘の多くに答えていません。また、誰が見ても企業との利益相反があると考えられる著者たちの適性問題については、コクランの規定に合っているとしかしていません。

コクラン執行部の危険な対応

そのため、私はこの議論が継続されるものと考えていました。しかし、浜氏より転送していただいたジェファーソン氏からのメイルでは、コクラン執行部は先のBMJEBMの論文の筆頭著者(コクランの創設者の一人、ノルディック・コクラン所長)のコクランの会員資格をはく奪しました。その後16人中4人の理事がそれに抗議し理事を辞めたという情報を得ました。このことを、著名な雑誌Nature9月17日号は〔コクランの〕理事会は今完全に解散する可能性があると報じています。
この危機はある意味来るべくして来たものとも言えます。今や、どの世界・分野においてもグローバル企業との闘いなしに民主主義は守れません。コクランはこれまで常にその闘いを続けてきたと思いますし、今後も闘いが繰り広げられると思われます。
私は、今回のBMJEBM論文にあるように、コクランが他の医学雑誌と同様、企業のマーケッティングの一部にならないために、ノルディック・コクランやジェファーソン氏たちの姿勢を後押しする活動が必要だと思います。すでに、浜氏などが、先のBMJEBM論文を支持した意見を同誌に送り掲載されています。私もとりあえずジェファーソン氏に浜氏に添削していただいた激励メイルを送りました。今後、例会などでも対応を考えたいと思います。

はやし小児科 林