「がんの代謝と場の理論〜“Cancer as a metabolic disease”を超えて〜」―EBMの発展をめざすシンポジウム2018報告②(NEWS No.518 p05)

昨年に引き続き、今年のシンポジウムでもがんの最新研究からみえてきたがんの代謝・そしてがんの“場”の理論について発表させていただきました。以下にその内容をまとめます。

「がんが有酸素下でも解糖系を亢進させている」というワールブルグ効果に関して、その現象の発見者であるオットー・ワールブルグ博士は、「がんは何らかのダメージによるミトコンドリア代謝異常があるため、解糖系を亢進させて糖(グルコース)の不完全燃焼によりエネルギー(=ATP)を得ている」と考えました。しかしながら、最新の研究ではがんは必ずしも解糖系で糖の不完全燃焼によるエネルギーを得ているわけではなく、例えばPPP(ペントースリン酸経路)を亢進させることで核酸合成に用いており、がん細胞の増殖に必要な材料として糖を用いていることなどがわかってきました。そしてがん細胞はエネルギー源としては、糖以外にもアミノ酸や脂質などからATPを得られることもわかってきました。また、がんは材料さえあればどこからでも栄養素を細胞内に取り込み、クエン酸回路を介してミトコンドリアの電子伝達系からATPを得ていることなども明らかになりつつあります。これはとりもなおさず、がんのミトコンドリアは正常に機能しており、がんに糖質制限などの兵糧攻めは無効であるということを示しています。さらに興味深いことに、がん細胞では脂肪酸合成酵素(FASN)が活性化しており、細胞内でアセチルCoAから脂肪酸を合成し、さらにその脂肪酸を分解してエネルギーを取り出す、という見た目は非常に非効率なやり方でエネルギーを得ていることも明らかになってきています。これにはそうしなければならない深いわけがありますが、その理由は機会があればまたお話ししたいと思います。

がんの“場”の理論に関しても、近年がん細胞の微小環境の研究が進んでおり、そのテーマにおける膨大な数の研究論文が発表されています。特にTOFT(Tissue Organization Field Theory:組織形成場の理論)を提唱しておられるアナ博士・カルロス博士や、がん細胞の3D培養によりがんのリプログラミングを明らかにしたミナ・ベッセル博士らの論文は有名であり、いかにがん化のプロセスにがん細胞の周囲組織環境=“場”の変化が重要であるか、ということが明らかになりつつあります。そしてその“場”において最も重要なファクターはやはり“エネルギー”であり、“場”におけるエネルギーの流れ(=ホメオスタシス)を保つためにも、ミトコンドリアでの糖の完全燃焼は必須である、ということも述べさせていただいた通りです。

現代医療では、未だに“SMT(Smatic Mutation Theory=体細胞突然変異仮説)”に依拠したがん治療が行われていますが、昨年から再三再四述べさせていただいている通り、もはやこれは科学的な見地からみれば明らかな矛盾があり、むしろがんを“場”の異常から起こる代謝疾患として捉え直し、がん治療を根本的に見直す必要があると私は考えています。さらにがんについて深く考察し、私個人的には新たなパラダイムの下でがん治療を提供できる“場”を作っていきたいと考えています。またこのようなシンポジウムなどでその成果を皆さまと共有できればと思っております。今回もこのシンポジウム開催に向けてご尽力なされた医療問題研究会の中心メンバーの方々には深く感謝したいと思います。ありがとうございました。

大阪大学大学院医学研究科 博士課程4年 松本 有史