くすりのコラム 宗教と薬(NEWS No.518 p08)

私たちはどれくらい、食品や医薬品に使われている原料に注意を払っているでしょう?
アレルギー欄に「豚」と書かれたアンケートが私の調剤監査台に回ってきました。それを読んで、ふと顔をあげるとヒジャブで頭を覆った可愛い女の子と目が合いました。ヒジャブはイスラム教徒の女性が髪を隠すための布で、お国によってカラフルな布であったり、単色のきれいな色だったりします。大阪では海外からの観光客が増え、様々なヒジャブの布をかぶった女性を見かけるようになりました。お薬の用意ができて、女の子の元に行くと、日本語の上手なお母さんが娘さんの風邪の様子を話してくれました。もちろん、豚アレルギーではなく「宗教上の理由による」豚の摂取拒否と確認できました。豚が原料である医薬品は消化剤や酵素、蛋白、インスリンなどがありますが、添加物も含めるとメーカーに確認するしかありません。確認作業を終えてお渡ししたあと、カプセルで渡してしまっていることに気づきました。豚ではなく牛由来のゼラチンを利用しているものの、イスラム教では教えに則った牛の屠殺でなければ服用できません。急いで、電話をかけて、カプセル剤は牛由来のゼラチンでできていることを話し、錠剤に変更をすることを勧めました。

ハラル認証機関はイスラム教の戒律に則った食品であることを監視、承認しています。薬もハラル認証を受けた「ハラル医薬品」があります。2016年の新聞記事でエーザイがインドネシア工場でハラル医薬品の生産を目論んでいることが報道されました。ハラル認証は信者のためというよりビジネスのためにあるのかもしれません。世界でキリスト教徒についで2番目に多いイスラム教徒はその出生率の多さから、将来的に最も多くなると予想されています。認証制度は、非イスラム国である日本のハラル認証を受けるより、イスラム教徒の多い国で認証を受けるほうが信頼度が高く輸出には有効です。

東京入管でイスラム教徒に豚が原料であるハムが混入した食事を提供したことが問題になりました。イスラム教徒にとってイスラム教への理解がない日本では安心して食事が摂れる状態ではありません。科学的に未知だった病気を避けるために宗教は戒律などを作り、人々を病気から守る生活様式を説いてきたと思われます。イスラム教徒の女の子に出会って、初めて薬の原料について深く考え、ブタエキスと記載のある食品が沢山あることを知りました。数日前にも、朝日新聞が多くのイスラム教徒を抱えるインドネシアで、風疹ワクチンの接種が足踏み状態にあることを報じました。イスラム教で禁止される豚肉成分がワクチンに含まれ、接種を拒む住民が増えているというのがその理由です。日本では製品化されたものの原料について消費者が吟味して拒否することが社会問題になることはありません。飲食物や医薬品になにが入っているのか、どのように作られているのか私たちも目を向けなければいけません。

薬剤師 小林