臨床薬理研・懇話会11月例会報告 シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第42回(NEWS No.520 p02)

臨床薬理研・懇話会11月例会報告
シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第42回
観察研究では結果の逆転も-医療データベース研究におけるバイアスと交絡

2018年10月の「臨床疫学研究における報告の質向上のための統計学の研究会第32回研究集会 大規模医療データベースを活用した治療効果研究の計画と報告」における「医療データベース研究におけるバイアスと交絡への対処法」の倉敷中央病院臨床研究支援センター・耳鼻咽喉科藤原崇志氏による講演のスライド* 番号60「Nonusersとの比較はなるべく避ける」であげられていた参考文献です。
MacMahon S & Collins R. (Review). Reliable assessment of the effects of treatment on mortality and major morbidity , 2: observational studies. Lancet 2001; 357: 455-62.
* https://www.slideshare.net/takashifujiwara71/ss-119215034

ランダム化比較臨床試験 (RCT)の場合と異なり、現実の社会ではある患者に対してある治療法が選択されるのはランダムにされるのでなく、さまざまな事項が治療法の決定に影響します。このことが治療法Aの使用者と非使用者との比較ではバイアス(治療適応による交絡)として大きく影響します。
ストローム「薬剤疫学」第2版では「処方のための効能・効果(適応)は、おそらく薬剤疫学における最も重要な交絡因子である。これは薬剤を処方するのには理由があるという事実を表している」と書かれています。
このことが観察研究の結果にゆがみをもたらし、治療効果の大きさだけでなく、交絡因子と結果との関連の性質に依存して、治療効果の方向さえも変えてしまう可能性があります(RCTで得られる結果とは逆転)。
なお、観察研究の長所としては、重要な害作用、とりわけ適応には関連が考えがたい頻度の低い害作用の同定に重要な役割を果たすことができます。
・ その治療に曝露しない人ではまれな害作用
・ 曝露した人での過剰リスクが大きい
・ 観察された関連を説明できるような明らかなバイアスのもとがない(系統的誤差では関連を説明しがたい)
例えばサリドマイド、DES、食欲抑制剤( fenfluramineなど、心臓弁の異常)などの場合が該当します。
治療効果の大きさのゆがみでは、心筋梗塞の後βブロッカーを投与された患者における大規模な観察研究の効果の例があります。βブロッカーを投与された患者の死亡は投与されない患者の死亡の2分の1でした。対照的に大規模なRCTの結果は、βブロッカーの長期間の使用は死亡の減少は5分の1にとどまりました。観察研究の対象となった患者は有意に若く、既往のリスクが少ないことによる影響でした。治療効果の方向まで違った例は、降圧剤治療を受けた患者の冠動脈イベントのリスクが、降圧剤治療を受けなかった患者のリスクよりもほぼ2倍も大きかった観察研究です 。対照的にRCTの結果は明確に冠動脈疾患(脳卒中も)のリスクを減少させたのです(Soumerai SB, JAMA 1997; 277: 115)。
観察研究における適応による交絡は、同じ医薬品の違った用量についても起こります。頸動脈狭窄に対する内膜切除術後の脳卒中発症へのアスピリンの予防効果は、RCTでは低用量(81および 325mg/日)が高用量(650および1300mg/日) と比較して優れています (Taylor DW et al, Lancet 1999; 353: 2179) 。しかし観察研究では逆の結果が得られました。
思い出しバイアス( recall bias ) は、関心のある疾患を有する患者とそうでない対照の患者との間で得られたデータについての、記憶の強さからくるデータの信頼性の違いによる, 観察研究のバイアスです。強烈な記憶を残す重篤なリスクでは起こりにくいのですが、中程度のリスクについてはよく起こります。
検出バイアス (detection bias)は、害作用の発見が関心のある治療への曝露をした人とそうでない人で違ってくる観察研究のバイアスです。
観察研究におけるバイアスの影響は、治療と結果との間で見出された関連性の解釈においてしばしば過小評価されます。観察研究における残余バイアスの問題を調整するために傾向スコア (propensity score) などいろいろな統計手法が提案されています。しかしこれらの使用にも限界が指摘されています。
RCTと観察研究の両者が、死亡と致死性の大きなイベントに対する治療効果についての重要なエビデンスに寄与することができます。観察研究はしばしばRCTでは可能でない多数の患者を含むことができ、ランダムエラーを減じることができます。そのことで非常にまれであるが重篤な害作用についての普通には得られることの困難なデータを得ることができます。しかし内在する中程度ないし大きなバイアスの可能性のために、存在するかもしれない重要な結果を直接評価するには向いていません。
RCTと観察研究はエビデンスを補完し得る存在で、これらを適切に用い意思決定に役立てることが重要です。
11月例会では浜さんから疫学研究でのバイアスの問題について解説いただきました。RCT/コホート研究、症例‐対照研究などを総合的にとらえた適切な参考書がなくわかりにくい分野ですが、薬のチェックNo.80 (2018.11) 「医学研究の方法 基本の『き』」でも扱われていますのでご参照ください。

薬剤師 寺岡章雄