「福島甲状腺がんと放射線量関係論文の経緯」―EBMの発展をめざすシンポジウム2018報告⑦(NEWS No.520 p04)

去る10月7日行われた医問研シンポジウムで「福島甲状腺がんと放射線量関係論文の経緯」―一次資料作成と査読への対応を中心にと題して報告した。

環境省の祖父江報告では、福島県の循環器疾患全体(ICD10のI00~I99)の年齢調整死亡率を求めて、減少傾向にあるとして、循環器疾患死亡の増加を否定している。
急性心疾患死亡が様々な疾患名で診断されること、都道府県ごとに傾向が大きくことなることから6疾患としてまとめて分析すべきことを指摘してきた。以下に図示したように、東京、千葉、神奈川、愛知、福島、群馬の各都県が6疾患の構成比率や増加傾向にある疾患がバラバラになっている。

原発事故後福島小児甲状腺がんが通常の年の50倍以上発見されているのに、国や県は甲状腺がんの多発は見せかけであるとし、その理由として線量の少なさ、被ばくから発症までが短いこと、県内の地域差が見られない事などを挙げ、多発という真実を覆い隠そうとしている。汚染地域への帰還、県外避難者への支援も打ち切り、事故そのものをなかったことにしようとしている。それに対し、放射能汚染の目に見える結果である甲状腺がんについての査読(専門家のチェックを受けた))論文が必要なことは論を待たない。そこで我々は線量との量的関係を強調したのは、1mSvか10mSvかといった、測定値に差のある尺度でなく、相対評価を用いることの必要性からである。
59市町村を低線量順に10群に分け容量反応関係をみると(図1)のように容量反応関係が示された。

(図1)

論文の結論としては、「福島県59市町村の2011年6月の放射線量と、2011年10月から2016年3月までの甲状腺がん検出率とは統計的に有意な相関を示した」とした。
この論文をAという英文疫学専門誌に医問研2名と、ドイツの生物統計学者Dr. Scherb氏に全面依存しながら共著として投稿した。A側は3名の専門家に査読を依頼し、2名からは手直しの上での掲載を受理されたが、1名の専門家?O氏(福島医大教授)が掲載拒否と判断し、結局専門誌Aの編集者は論文掲載を拒否した。この間の私どもとScherb氏との50回を超える書簡のやり取り、拒否理由を巡る編集者とのやりとりなどを今回のシンポジウムで紹介し、それを通じて福島甲状腺がんを巡る医学論議の所在とその中身が如何に恣意的非科学的に歪曲されようとしているかについて報告した。
論文作成過程のScherb氏とのやり取りでは、正確な一次データ資料の作成、論理展開に必要な文献検討などを行った。正確なデータ作成のやりとりについては、例えば各市町村での正確な検査時期を算定するため、先行、本格検査について公表されている福島県民健康調査会議資料を元に論議を積み重ねた。(当初福島医大にこういった情報の公開を迫ったが断られた)。例えば福島市の場合、検査スケジュールでは2012年5月から8月までに実施となっているが、受診はほぼ前半に集中するため平均実施は6月末ではなく5月末とし、事故から検査までの人年は1.2年と推定した。同様に本格検査は事故から3.29年と推定された。独りよがりの資料を用いるのではない、一次資料作成の重要性をScherb氏から学ばせてもらった。
ついで医問研シンポでは査読者とのやり取りを紹介した。論文受理に反対した査読者福島医大のO氏の論文拒否理由は主として、①甲状腺がんの潜伏期は非常に長いはずであり、したがって先行検査で検出された症例の多くは事故前からあったはずであるから事故からの期間で推定した人年は誤りであるという点、②本格検査は先行検査とは異なるため、人年算定の観察期間は一巡目検査以後からとすべきだという点(先の福島市を例にとれば、本格検査の観察年数は3.29年でなく3.29―1.2=2.09年とすべきという指摘である) ③先行検査は有病率と罹患率を混合したものだから先行検査と本格検査を一緒に結合した(図1がこれにあたる)のは不適切であるという点、④男女差、年齢差を考慮していないという点であった。

①についてはO氏が人年の意味を取り違えている点もあるが、どの位の症例が事故前からあったかという点に問題の本質があり、わずか1名程度と推計されるため、O氏の指摘は想像であり事実ではない(この点については次の記事で述べる)。

②については、我々はすでにこの点からの分析も行っており、それを(図2)に示す。

(図2)

③本格検査についても一部は初めてスクリーニング検査を受けた人もあり、その人たちにとっては有病率となる。したがって、厳密に言えば先行、本格いずれも罹患率と有病率が混在したデータであり、その意味で検出率という言葉でくくり、原因発生時期と推定される事故からの人年観察期間で調整し公平性を持たせたのが我々のデータであることを説明した。

④市町村単位での性、年齢群別の検出頻度が未発表のため私どもには正確なデータを得ることができない。O氏らは一方で情報を公開せず、また情報請求を拒みながら、その点の分析がないから論文拒否をするという態度をとっている。全くの非科学的姿勢であるが、彼らは結局ここに逃げ込むしかないことが明らかとなった。

その他、原子力推進の立場を鮮明にしている?B誌に最初投稿したが、そこでは露骨な拒否理由にあった。曰く、韓国でのスクリーニング効果による甲状腺がん増加論文についての考察がないと。韓国氏の論文は甲状腺がん頻度の高い19歳以上の話、しかも約20年間で15倍に増加したとする論文であり、福島の甲状腺がんが、もともと頻度がきわめて低い18歳以下で、しかも5年間で50倍以上の増加を示したこととの比較はできない。が、論文掲載の可否を決める際の問題はこの内容ではないはずである。どの参考文献を引用するかは論文投稿者にゆだねられていることであり、このような手法をみると、原子力産業の影響が垣間見えたエピソードであった。これも医問研シンポで報告した。
このような経過で、残念ながら甲状腺がんについての我々の論文はいまだに掲載先が見つかっていないが、福島甲状腺がんと放射線の関係はますます明らかとなっている。論文作成過程でScherb氏から直接教えていただいた事や、医問研の仲間との論議などを武器に、今後ともこの未掲載論文を基に必要な情報収集や分析を加え運動に役立てていきたい。

大手前整肢学園 山本英彦