臨床薬理研・懇話会12月例会報告 シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第43回(NEWS No.521 p02)

臨床薬理研・懇話会12月例会報告
シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第43回
レジストリーを基盤にしたランダム化臨床試験(RCT)

RCTとリアルワールドデータ(RWD)を二者択一的に考えるのではなく、両者を結合する「レジストリーを基にしたランダム化臨床試験」(registry-based RCT) が注目されています。今回は、カナダ・マックマスター大学臨床疫学・統計学の Guowei Liたちによる「Registry-based RCT: その利点、課題、今後の研究領域」(J. Clin. Epidemiol 2016; 80: 16-24)を取り上げました。 Registry-based RCTは、explanatory clinical trials (最適条件試験) としばしば対比されるpragmatic trials (実際的臨床試験)の一つです。pragmatic trialsの理解を深めるため、製薬協医薬品評価委員会データサイエンス部会の「Pragmatic Trials のススメ」、同部会の小宮山靖による「新しい臨床試験スタイル ~GCP Renovation の Big wave の中で」(ともにオープンアクセス)を参考に進めました。
Registry-based RCTは、レジストリーを症例記録、データ収集、ランダム化、フォローアップのプラットフォーム (特定の活動のための基盤) として用いた pragmatic trials として定義され、Randomized registry clinical trials とも呼ばれます。
レジストリーのデータソースは、患者が報告したデータ、医師が報告したデータ、カルテ抽出、医療電子記録、行政データベース、医療機関やその他の組織のデータベースなどです。電子的なデータ収集システムの進歩のお蔭で、多様なレジストリーが発達し、研究、政策、行政的な目的に用いられるようになりました。レジストリーはpopulations のデータがどのように集められ定義されるかによって分類され、ヘルスサービスレジストリー、疾患レジストリー、プロダクトレジストリーなどがあります。
レジストリーは通常前向きの観察研究としてデザインされ、様々なリサーチクェスチョンに柔軟に取り組まれます。ここ何年か患者のリクルートや試験の組織的進行のプラットフォームとして、registry-based RCTが増加傾向にあります。
Registry-based RCTでは、まずレジストリーに登録された患者をスクリーニングし、組入れ基準に合致する患者を選択します。患者から同意を得た後、比較しようとする治療群にランダムに割り付けます。治療開始後のデータ収集はレジストリーに記録されるデータだけを用います。そのRCTに特有なデータの収集や、そのRCTに特有のフォローなどは行わないため、レジストリデータの品質に依存性が高い臨床試験です。
Registry-based RCTの例をあげます。

1) TASTEトライアル (NEJM 2013; 369: 1587-97.)
スウェーデンの冠動脈血管造影・血管形成術レジストリー (SCAAR)が基盤。血栓吸引単独と血栓吸引
+PCI (経皮的冠動脈インターベンション)にランダムに割り付けられた患者の間に30日間および1年間の死亡に有意差なし。TASTEトライアルの患者1人あたりの単価は50ドルと極めて安価。
2) CHAPトライアル (BMJ 2011; 342: d442.)
カナダの中ぐらいの大きさの39コミュニティで行われたクラスタートライアル(コミュニティ単位で割り付け)。コミュニティ薬局による循環器リスク評価と教育プログラムの結果を、標準ケアのみの場合と、急性心筋梗塞・脳卒中・うっ血性心不全による入院を指標に比較し、介入の実践的有効性が確認された。住民1人あたりの単価は16ドルと極めて安価。
3) REDUCE MRSA トライアル (NEJM 2013; 368: 2255-65)
米国78のICU (集中治療部)で行われたクラスタートライアル。MRSA感染防止のための「Targeted decolonization 」(MRSAスクリーニング+isolation; 陽性者への予防措置)と 「Universal decolonization」(MRSAスクリーニングを行わず、ICU患者の全員に1日2回5日間の抗生剤mupirocin2%鼻腔用軟膏使用に加えICU在籍中毎日の”bathing with 2%chlorhexidine-impregnanted cloth” (入浴して2%chlorhexidineを浸み込ませた衣類を着用) との菌血症を起こす割合を比較。両者に差がなかった。公衆衛生的な意義の大きいトライアル。患者1人あたりのコストは40ドルと極めて安価。

Registry-based RCTの長所としては、1) 安価で実施できる。上記のTASTEトライアルは通常のランダム化臨床試験の2%の費用。TASTEトライアルで必要になった extra work はランダム化プロセスの設定のみ、2) 得られた所見の実地臨床への応用力が高い (enhanced generalizability)、3) 引き続きトライアルへの患者の組入れが速やかにできる、4) フォローアップが十分にできる可能性が高い、があげられます。
一方大きな課題 (challenge) としては、レジストリデータの質の問題があります。レジストリーで集められたベースラインデータの定義、収集、正確さが様々で問題が多い、記録されたアウトカムデータが不確か、レジストリーに多くの欠測データがあり、重要な予後ファクターを捉えていない可能性など、高品質のレジストリーが少ないのです。
Registry-based RCTは、とりわけ承認された介入の新たな害作用のシグナルや効能を探るための第4相スタディに適します。またCHAPトライアルのような knowledge translation type の介入のランダム化試験に適します。通常のランダム化試験は費用が掛かり、観察研究は内的妥当性が低いというジレンマを解決し、安価で行えランダム化の存在によって方法論的に頑健です。
Pragmatic trial(実際的臨床試験)についての上記参考文献は、代表的な pragmatic trial として冠動脈疾患の二次予防のためのアスピリンの用量が325mgと81mgのどちらが適当かを決定するトライアルをあげています。日常診療下での介入効果 (effectiveness/safety)を評価する pragmatic trialsは、しばしば理想的環境下での介入効果 (efficacy/safety) を評価する explanatory trials (最適条件試験) と対比されます。
しかし、pragmatic trial と従来の臨床試験を分ける明確な境界線はなく、個々のトライアルはexplanatoryと pragmatic の間のグラデーション (少しずつの移行) のどこかに位置することになります。
日本のレジストリーについてみんなバラバラにやっている感があると指摘し、治療の価値の研究に使える主要なアウトカムやこれに影響を与える可能性が高いデータの収集が課題としています。これが満たされていなければ、registry-based RCTは夢物語になるとしています。
次回はRegistry-based RCTの各論としてTASTEトライアル (NEJM 2013; 369: 1587-97.)をとりあげ、registry-based RCT、pragmatic trialsの実際についてさらに深めていく予定です。

薬剤師 寺岡章雄