高血圧治療「2019ガイドライン」は製薬会社と医療機関の利益のため(NEWS No.526 p08)

ある友人から「高血圧の基準が変わったらしいなあ、わけがわからんわ」と聞かれました。びっくりしているのはその友人だけでないはずです。

なにしろ、これまでの一般の人の血圧が収縮期140/拡張期90(以下140/90)以上だけでも、4300万人(45歳人口6836万人の63%)、うち治療を受けているのが2450万人(同36%)です1)。これだけの人が「降圧目標値」140/90以下から、急に130/80以下に下げましょうと言われるのですから、その影響は甚大です。
日本の高血圧ガイドラインでは、高血圧かどうかの「基準値」は「従来通り140/90に据え置かれた」と宣伝されているのですが、治療の「目標値」は140/90から130/80にしてしまったのです。

「130/80」は2017年11月に米国心臓協会学術集会(AHA)が発表したものが基本になっています。2018年6月には、欧州高血圧治療ガイドラインも改訂され、BMJや世界中から多数の反対意見が出されたせいか、高血圧の「基準値」は140/90と据え置かれましたが、薬剤を使う可能性の強い治療「目標値」は130/80で米国の基準に追随しました。そして、日本の2019年4月発表のガイドラインで欧州やNICE(イギリス)と同様に「基準値」140/90、治療「目標値」130/80にしてしまったのです。製薬会社の希望が通ったのです。

たった10mmHgかと思われますが、このことは大変な事なのです。BMJに載った米国と中国に関する調査報告では欧州・日本では「高血圧」の「基準値」は変わりませんでしたが、これが130/80に下がると、「高血圧症」の有病率が米国では26.8%、中国では45.1%増加し、45歳から75才までの人口に対する割合は、米国でなんと63%、中国では55%となるのです。

また、治療「目標値」を140/90から130/80にすることによって、45-75歳の人々で、米国では高血圧で治療すべき人だが治療していない人(治療予備軍)が810万人から1560万人に、中国では7450万人から1億2980人に倍増するのです。さらに、現在治療中の人でも、米国で1390万人が、中国では3000万人が今より追加の薬を使わなくてはならなくなります2)。製薬会社にとってはなんとも笑いが止まらない数字です。

それでは日本ではどうなるのでしょうか。これまででも「高血圧患者」で服薬中が2450万人、服薬していない人も含めると4300万人います。それが米国のように26%増えれば、なんと5400万人、45歳以上人口の4人に3人が治療(そのほとんどは投薬)対象者になるのです。
実は、「高血圧症」の人は風邪で受診しても、「特定疾患療養管理料」2250円*2=4500円/月までが余分に支払われますので医療機関は離しません。ほとんどの血圧「治療」は一生続くのです。受診を続けるたいていの「高血圧患者」は薬を飲んでいますので、一生安定的に降圧剤が売れる製薬会社がだれよりも笑いが止まらないのです。

それでは、「高血圧患者」にとって降圧薬とはどんな利益があるのでしょうか?少なくとも、命が延びたという最も信頼の置ける指標で収縮期血圧160以下の方が良かったという科学的な証拠はありません。最近の調査3)では、血圧が140/90から160/100未満の人を約3万8千人追跡した結果、5.8年間に死亡した人は、降圧剤群4.49%、使わない群4.08%でした。心臓血管系の病気も降圧剤群が1.09倍多かったのです。これらは、いずれも統計的有意差なしでしたが、副作用である失神は薬服用群が1.28倍多く、有意差ありでした。これらは、薬を使うぐらいなら、目標値130/80どころか、160/90で良いことを示しています。
今までも130/80が良いとされてきた糖尿病患者の目標値も信頼できません。現在の糖尿病の治療方針に最も大きな影響を与えているACCORD研究結果では、目標値120mmHg群と140mmHg群では致命的・非致命的な心臓血管系の病気に差はなかったことになっています。

というわけで、今回のガイドラインは、製薬企業と医療産業に利益を、患者(市民)に不利益をもたらすものです。

(高血圧治療の詳しくは、浜六郎氏著書やJIP誌を参照ください。)

はやし小児科 林

<文献など>
1)「NIPPON DATA 2010」などの調査による。
2)Khera R et al. BMJ 2018;362:k2357
3)Sheppard JP et al.JAMA2018;178:1626-34