第15回避難者こども健康相談会おおさか・セミナー報告(その2)(NEWS No.527 p04)

前号に引き続いて、6月15日開催された大阪小児科学会地域医療委員会主催「第12回 低線量被ばくを考えるセミナー」での山内知也氏(神戸大学大学院海事科学研究科教授)の講演から学んだ事を報告します。

福島県立医科大学医学部放射線健康管理学講座の宮崎真氏と東京大学物理学部の早野龍五氏が2016年12月と’17年7月に発表した論文(以下それぞれ、宮崎・早野第1、第2論文)が英国放射線防護協会の公式ジャーナルJRP(Journal of Radiation Protection) に掲載されています。(2017年 37巻 1号・3号)

セミナー講演の後半で山内氏は「伊達市ガラスバッチ研究不正問題」と題して、宮崎・早野論文では「被ばく線量の高い結果が隠され」「研究不正が行われている(間違いではなくて捏造が疑われる)」ことを、URLが併記された豊富な資料に基づいて明らかにされました。

福島第一原発事故発生後の2011年4月全村避難区域となった飯舘村と、一部の地域に避難指示が出た川俣町に隣接する伊達市は、政府によって「特定避難勧奨地点」と定められた世帯のみに避難勧告が出された自治体です。(世帯単位の避難勧告を初めて知った時、びっくりしたことを思い出します。)
田中俊一氏(初代の原子力規制委員会委員長)の指導を受けて、国に先んじて除染を始めた伊達市を「除染先進地」と評する書物があります。(日野行介著「除染と国家」集英社新書)

「宮崎・早野論文の研究不正の背景」として山内氏は、上記の田中氏の言葉を引用されました。「この背景(注1)には、避難指示を解除するための条件に生活インフラの整備と当該自治体の同意を含めたことと、0.23μSv/h以下でないと放射線被ばくの健康影響があるという事故当初の誤った主張が影響している。加えて、空間線量から実効線量を推計する計算式(注2)が、実測値(注3)との比較で3~4倍も過大評価になっていることが明らかにされている(注4)にもかかわらず当初の推計値はそのままで、0.23μSv/hすなわち年間1mSvという信仰が生きているのである」『保健物理学会』53巻3号 (2018年)

注1:大熊町、双葉町、浪江町等の避難指示が解除されていないこと
注2:政府が、人の被ばく線量を空間線量率から計算される値の0.6になる(空間線量率0.23μSv/hは年間1.2 mSvに相当する)とした計算式を指す。
注3:上記の「除染と国家」に次の著述があります。「田中俊一氏らの助言を受けて、伊達市は2011年7月から、市民に『ガラスバッチ』と呼ばれる個人積算線量計を配布し、独自に外部被曝線量の調査を始めた。」その調査期間に合わせて、航空機による空間線量率(グリッド線量率)調査が施行されており、「実測値」とは、これらの調査での結果を指すと考えられます。
注4:宮崎・早野論文の「結論」(政府の0.6でなくて0.15)を根拠に述べていると考えられます。

高エネルギー加速器研究機構名誉教授の黒川眞一氏が、宮崎・早野論文の日本語訳をネット上に公開されています。表題(日本語訳)は「パッシブな線量計による福島原発事故後5か月から51か月の期間における伊達市民全員の個人外部被曝線量モニタリング:1. 個人線量と航空機で測定された周辺線量率の比較 2. 生涯にわたる追加実効線量の予測および個人線量にたいする除染の効果の検証

2018年8月、黒川氏がJRPの「Letter to the Editor(編集者宛の手紙)」に、宮崎・早野第2論文の「(生涯追加外部被曝線量についての)重大な矛盾」を指摘する論文を投稿されました。この事を受けてJRPは本年1月「Publisher’s notice(発行者からの通知)」による「憂慮表明」を行い、読者に注意喚起しました。① 宮崎・早野論文で報告されている研究に使用されたデータは(研究参加者の)適切な同意が無い。② 必要ならば、出来るだけ早く修正するように。③ (第2論文では更に)報告された結果を支える方法論的計算間違いが含まれており、この計算間違いは論文の主要な結論に影響しうる。
(しかし現在のところ、宮崎氏・早野氏からの回答はJRPのホームページには掲載されていません。)

山内氏は、「生じている問題の理解のために必要な黒川眞一氏と共著者による論文や解説」を紹介されつつ、宮崎・早野論文の問題点を指摘されました。
ヘルシンキ宣言をも踏まえた「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針(文部科学省・厚生労働省)」に違反していること、調査対象者の年齢分布を考慮していないこと、グリッド線量率の測定地とガラスバッチ装着者の居住地が一致していないこと、高値のガラスバッチ線量データをグラフ上から見えなくしていること。
その他、私の理解力では誤魔化されてしまう捏造と言える問題点を指摘されました。
質疑応答の最後に、政府の政策に迎合していく日本の「科学」に対する危惧を吐露される場面もありました。

伊集院