2019年6月8日に実施された福島県第12回甲状腺検査評価部会(以下甲状腺部会)で、「現時点において、甲状腺検査本格検査(検査2 回目)に発見された甲状腺がんと放射線被ばくの間の関連は認められない」と結論された。甲状腺がん多発の原因は?に全く答えない科学的見地を無視した結論であり、国内外から多くの批判の声が上がっている。
本論説ではまず甲状腺検査本格検査(検査2回目)の発見率結果と放射線被ばくとの関係を分析し、ついでそれとの対比で甲状腺部会結論の重要な科学的誤謬について指摘したい。
(表1)に甲状腺部会がすでに2017年に公表している避難地域、中通り、浜通り、会津の4地方別の先行、本格検査共通受診者での甲状腺がん発見率を示す。例えば避難地域の発見率21.4は先行検査後本格検査までの間に受診者10万人当たり21.4人が発見されたことを示す。この表から明らかに4地域での発見率の差がみられるし、そのことは甲状腺部会も認めざるを得なかったことである。
(表1) 2017年公表された地方別4群の甲状腺がん発見率
地域別本格検査の悪性発見率 | |||||
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地 域 | 避難区域 13市町村 | 中通り | 浜通り | 会津 | 計 |
受診数 | 34,558 | 152,697 | 51,053 | 32,208 | 270,516 |
先行、本格ともに受診数 | 32,006 | 140,582 | 46,406 | 27,693 | 246,687 |
悪性者 | 17 | 39 | 10 | 4 | 70 |
悪性者率 | 53.1 | 27.7 | 21.5 | 14.4 | 28.4 |
検査間隔 | 2.48 | 2.07 | 2.18 | 1.87 | 2.12 |
発見率 | 21.4 | 13.4 | 9.9 | 7.7 | 13.4 |
この地方別4群の発見率の地域差が原発事故による放射線被ばくによるかどうかが本論の分析のテーマであり部会のテーマであったはずである。このためには(表2)に示すように、各地方別4群の被ばく線量(推定)の程度と発見率を回帰分析で比べればよい。被ばく線量(推定)については、ここでは甲状腺部会と同様UNSCEAR2013添付資料C-16とC-18を合わせた甲状腺吸収線量を用いた。(表2)の地方別4群のUNSCEAR吸収線量を説明変数としてそれぞれの群の本格発見率を目的変数としたときの単回帰直線を求めた。浜通りと中通りで発見率と線量の関係が逆転しているが、おおむね線量に応じて甲状腺がん発見率が増加するのが見てとれる。
(表2)地方別4群発見率とUNSCEAR C-16,18甲状腺吸収線量
地方別4群分類 | 本格発見率 | UNSCEAR吸収線量(mGy) |
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避難区域 | 21.42 | 30.76 |
中通り | 13.40 | 19.15 |
浜通り | 9.88 | 21.96 |
会津 | 7.72 | 16.61 |
(図1)のグラフがこの(表2)の単回帰直線である。90%の有意水準で発見率と放射線量の回帰が認められる。つまり本格検査の発見率は90%以上の確率で甲状腺吸収線量が増えるにつれ増加すると言える。
(図1) UNSCEARC-16,C-18と地域別4群発見率の単回帰
これに対し、冒頭に述べたように甲状腺部会の結論はまったく異なるものである。
なぜか? 本来線量との関係を検討すべき地方別4群を甲状腺部会が異なった4群とすり替えてしまったからである。(図2)の左が避難地域から会津地域に至る本来線量との関係を分析すべき発見率に地域差のある4群、右が甲状腺部会で線量との関係分析に用いた4群である。
(図2) 地方別4群(左)と甲状腺部会分類「線量別」4群(右)
(表3)に甲状腺部会の分類した4群別の発見率を示す。
(表3)UNSCEARC-16,C-18混合線量による甲状腺部会の4群分類
部会分類4地域 | 本格発見率 | UNSCEAR 吸収線量 (mGy) |
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30mGy以上 | 12.4 | 39.0 |
25〜30 | 11.3 | 28.5 |
20〜25 | 22.1 | 22.6 |
20mGy未満 | 8.9 | 16.8 |
(表3)から一見して理解できるように甲状腺部会分類による20mGy未満群、20~25mGy群、25~30mGy群、30mGy以上群の4群別本格発見率と線量との有意な回帰はない。(図2)の左右の地図、(表2)と(表3)を見比べると両4群の違いが明確になる。この群わけが不自然なことは(図2)右で明らかなように、例えば甲状腺部会分類では最も低い線量地域に福島第一原発に最も近い大熊町や双葉町(白い部分)が分類されてしまっているなど、避難地域の線量が明らかに低い。当初の分析の目的通り、地域別4群の発見率順に、それぞれの群の線量を比較するとUNSCEARデータであっても(図1)に示したように有意な差が証明される。なお、UNSCEAR C-7の実効線量を使うと、さらに精度はあがり、(図4)に示すようにほとんど直線回帰を示す。
(表4)UNSCEAR C-7と発見率の回帰
地方別4群分類 | 本格発見率 | UNSCEAR C-7実効線量 (mSv) | Ln UNCEAR C-7実効線量 (mSv) |
---|---|---|---|
避難区域 | 21.42 | 2.29 | 0.83 |
中通り | 13.4 | 0.30 | -1.19 |
浜通り | 9.88 | 0.19 | -1.67 |
会津 | 7.72 | 0.09 | -2.44 |
甲状腺部会の結論は、本来比較すべき、発見率に差のあった4地方の線量を比較するのではなく、矛盾を抱える不自然な線量を発見率に差が出ないように別の4群に分けたことによる「間違い」からくるものである。
また甲状腺部会は、先行検査に比べ本格検査で新たな対象を加えたり、先行検査で2次検査にまわった人の大部分が以後もがん発症の危険が高いのに、本格検査対象から除いたりといった、自らコホートを放棄しながら放射線以外のいくつかの因子をあげ、発見率に影響を与える因子補正が必要であるとするが、それなら上記結論を覆すものを数量的に具体的に示さなければならない。
最初に指摘したように避難地域から会津地方に至る4地方(4群)間での発見率の違いを放射線線量の違いで説明できるかという点が、分析の目的であり、甲状腺部会の結論は、恣意的にこの命題を回避したものである。本来比較すべき群を別な群に置き換え回避したという明らかな「間違い」であり、世界中から嘲笑される、程度の低いこじつけに過ぎない。
なお、事故からの観察期間で補正したいくつかの地方別に群分けした人年検出率と線量との関係を分析すると、先行検査であれ、本格検査であれ、多発した甲状腺がんが放射線被ばくに起因することは私どもが常々指摘してきたことであり、次の機会に論じたい。
大手前整肢学園 山本