医学雑誌Medicine掲載論文「福島原発事故後の甲状腺がんの検出率と外部被ばく線量の関係」の紹介(NEWS No.530 p06)

2019年9月、上記タイトル名の論文がMedicine 誌に発表された。ドイツの生物統計学者であるHagen Sherb氏の多大な指導を受けた私たち医療問題研究会の手になる論文である。また、福島の甲状腺がん多発をいち早く証明された岡山大の津田敏秀氏からも貴重なアドバイスをいただいたうえにできあがった論文である。
福島甲状腺がんの多発は、もっとも目に見える福島の放射線被害であり、この多発と放射能被ばくとの関係証明の端緒となる論文を世界に向けて発信できる意味は大きい。また、何よりも私たちと共に闘ってきた、避難者をはじめとした多くの方々の力になるものであると確信し、ここに紹介する。

【背景】

2011年3月の福島原発事故から8年がたった。同年10月から始まった18歳以下の甲状腺スクリーニング検査も4巡目を迎え、2019年6月までに、少なくとも230名の穿刺吸引細胞診で診断された甲状腺がんが報告されている。がん研究所の評価でも有病率ベースで通常の数十倍の多発である。誰の目にも原発事故の放射線被ばくに起因する多発と思われるが、原因については放射線被ばくではなく、スクリーニング検査や過剰診断による見かけ上の多発であるかの主張が執拗に福島県や権威筋から続いている。

【目的】

我々はこの問題について、福島県59市町村ごとの甲状腺がん罹患頻度と放射線量の間での容量反応関係を検討した。

【方法】

59市町村の罹患頻度については福島健康管理調査会議の発表した市町村ごとの人年罹患頻度比(=検出率;甲状腺がん数を受診者x事故からスクリーニング検査までの期間で除したもの)を用い、線量にはUNSCEAR2013 Attachment C-7に公表されている、福島県1710か所で文科省主導で測定された土壌線量と空間線量から導かれる外部被ばく実効線量率をもちいた。罹患頻度はポアソン分布に従うとして両者の関係をポアソン回帰分析で比較検討した。
帰無仮説は「外部実効線量と甲状腺がん検出率は何の関係もない」であり、この帰無仮説が否定されたなら甲状腺がんは放射線被ばくが原因であると結論できる。

【結果および討論】

(図1)に文科省の測定した1710か所の外部実効線量率を示した。だいたい一巡目検査の時期順に汚染が小さくなっていることに気づかれる。
(図2)に外部実効線量率と検出率との回帰線を示した。線量が増加するにつれがんの検出率が増加する点に注目してほしい。この図から、帰無仮説は95%の確率で否定された。つまり、甲状腺がんは95%以上の確率で線量と関係するという結果であった。その程度は、外部実効線量率(平均空間線量率に等しい)1μSv/(時間)あたり甲状腺がん罹患率比が1.555倍に増加するという結果であった。1μSv/(時間)はほぼ3mSv/年に相当し、1mSvあたり甲状腺がんは約18%増加するということになる。

(図1)1710か所の空間、土壌線量の分布

(図2)実効線量と検出率の回帰線

(表1)および(図3)には、線量率ごとに59市町村を10群に分けた場合の検出率と各群との関係を示した。

(表1)、(図2)線量順に10群に層別化したときの回帰

平均線量
(μSv/h)
Ln線量検出率95%下限
1G0.09-2.410.57.3-15.1
2G0.15-1.911.88.7
3G0.20-1.612.89.9
4G0.27-1.313.711.0
5G0.30-1.214.111.5
6G0.45-0.815.513.1
7G0.76-0.317.615.3
8G1.080.119.316.4
9G1.510.420.917.3
10G10.942.434.121.4

(図2)

線量別に群分けして解析する場合は、恣意的な分類にならないように心掛けることが必要であり、機械的に線量順に10群に層別化している。
以上の結果から、甲状腺がんの検出率と外部実効線量率ははっきりとした有意の容量反応関係を示したといえる。

【論文の意義】

この論文の意義は、スクリーニング効果説や過剰診断説に対し、福島でも多発が放射線被ばくと関係するということを示した点にある。チェルノブイリでも、IAEAなどの国際原子力推進機関が、何とか否定しようとした甲状腺がん多発と放射線被ばくとの関係を、科学的に認めざるを得なかった大きな理由は、この容量反応関係の証明であった。その意味でも、今回の結果と掲載は、福島から避難してきた人たちの避難の根拠となり、東電の追及を進めるための力になると考えるものである。また、福島県や福島医大が、多発と放射線被ばくとの関係についての必要情報を隠したまま、不自然なデータ引用や層別化でごまかし、甲状腺問題に幕引きを図ろうとしている現状に対しても一石を投じるものである。今後の避難者を中心とした東電や行政への補償を求める運動、共に闘う人たちの必要情報の公開を迫る運動や、両者一丸となった健康管理手帳運動などへ活用できると考える。

山本 英彦