文献紹介(その1)「なぜこれまで一度も、がん検診による救命が示されていないのか」(NEWS No.531 p07)

医問研ニュース 第527号「いちどくを この本」に取り上げた「健康診断は受けてはいけない」(近藤誠 著)のなかに、「欧米では、がん検診を否定する大きな潮流が生まれている」「医学界でも『がん検診は無効』が常態化しました」との記述がありました。しかし日本では、がん検診事業が国家的に推進されています。自分自身は受けるつもりが無くても、知人からがん検診の要否を問われた時、自分の受けない理由を説明できる力量アップの必要性を感じさせられました。

上記の著書には、多くの引用文献が根拠として挙げられていますが、その「典型」としてBMJ(British Medical Journal:イギリス医師会雑誌)2016年1月掲載の論文「なぜこれまで一度も、がん検診による救命が示されていないのか」(日本語訳:近藤氏)が特記されていました。

原題は「Why cancer screening has never been shown to “save lives”—and what we can do about it」です。「がん検診が命を救うという主張は検診目的のがんによる死亡が減る事に基づいている。Vinay Prasad(論文の筆頭著者名)と共著者らは、総死亡率の減少がbenchmark(判断の基準)であるべきと主張する、がん検診の根拠に対してより高度な基準を要求する」と書かれています。がん検診は寿命を延ばさない・当該がん死亡が減少しても他の原因での死亡が増えることを、豊富な根拠文献を基に展開する内容です。

引用された54文献は2010年以降のものが多く、日本からの報告は2004年、神経芽細胞腫検診の停止についての文献のみでした。前著のなかの「じつは日本人は、健康診断やがん検診に関して”井の中の蛙”状態です」を実感した次第です。

第一節「なぜ、がん検診は総死亡数を減少しないのだろうか?」

ミネソタ結腸がん検診(便潜血検査を毎年実施) 30年間の観察では、結腸がん死について、検診参加群の死亡者数は128人/1万人、対照群では192人/1万人。その差は64人/1万人だったが、総死亡数は検診群7111人/1万人、対照群7109人/1万人で、総死亡率には差異はないとの確認あり。(N Engl J Med:New England Journal of Medicineマサチューセッツ内科外科学会発行 2013年掲載)

2006年の文献では、便潜血検査をまとめて分析(meta-analyses)した結果で、検診に伴って結腸がんとは関係のない死亡(off-target death)が僅かだが増加したことの報告あり。

米国で2008年と2011年に公表された、前立腺がんを目的とするPSA(Prostate Specific Antigen:前立腺特異抗原)検査の調査では、この検査が年間100万件以上の前立腺生検の一因となったが、おびただしい数の偽陽性結果をもたらし、前立腺生検には入院や死亡を含む重篤な有害事象が伴っていると報告されている。

根拠文献を提示して以下の評価がだされています。

*肺がん検診の胸部レントゲン検査と神経芽細胞腫のための尿検査は、診断と検査の有害事象を増加させたが、それぞれのがん死亡を減らさなかった。

*PSA検査は有害事象を増加させたが、総死亡率を変化させることはなかった。前立腺がん死亡の変化については論争されている。

第二節「スクリーニング検査による死亡率改善効果には綿密な調査が必要である」

National Lung Cancer Screening Trial (NLST:全国肺がん検診)では、53,454人のヘビースモーカーが無作為に分けられて、低線量CT検査または胸部レントゲン(X-P)検査を受けた。CT群では、X-P群と比較して肺がん死の20%減少と総死亡数の6.7%減少した事が大きく報告された。NLSTは単一のがん検診が救命できることの強力な証拠となっている。(N Engl J Med 2011年掲載) しかし総死亡率の絶対的な減少率は0.46%のみであった。

肺がん検診としての胸部レントゲン検査は標準的なケアではない・・・肺がん死亡率や総死亡率を改善しないことは良く知られている。制限を伴うエビデンス(根拠)ではあるが、胸部レントゲン検査が肺がん死亡率を増やすことさえあり得ることが示されている。X-P群よりも、もっと適切な比較対象は検診をしない群(コントロール群)であろう。2012年に報告された、4104人を対象としたデンマーク肺がん検診では、検診群の死亡率は2.97%、コントロール群は2.05%(P=0.059)であった。(次号に続く)

小児科医 伊集院