「医問研で学習してきた統計学的検定法と危険率5%の考え方が役立てた、」森國悦著「日本語・朝鮮語比較論と日本建国論」(NEWS No.533 p06)

保健所の森です。今回、森アッパ(森父さん、頭痛い)のペンネームで本を出しました。今回ニュースの紙面を拝借して、宣伝をさせていただきます。御免なさいませ。

本の内容は日本語・朝鮮語比較論と日本建国論です。日本語をアルタイ語族の言語と位置づけ、高句麗や扶余、百済語などと比較して類似性を指摘する本が何冊も出ています。私も1988年の「もう一つの万葉集」を契機に、朝鮮語への関心が高まり独学で勉強してきました。

日本語と朝鮮語でこれまで80ほどの語彙が類似しているとされていますが、私が調べたかぎりでは300ほど類似の語彙がありました。

何をもって類似とするのか?その客観的基準は何か?単なる偶然に過ぎないという批判にどう答えればいいのか?その答えを見出す上で、医問研で学習してきた統計学的検定法と危険率5%の考え方が役立ちました。たとえば日本語の柿kakiと朝鮮語の柿감kamはkとaが一致しています。この一致率は、子音が無,k,s,t,n,h,m,y,r,wの10通りで、母音が a,I,u,e,oの5通りで、順序も決まっていることから50分の1となります。従って、同じ意味の言葉が子音と母音が1つずつ合っているだけで、何らかの関連性がありそうです。2000個あるうち100個ほど似ているというのは偶然で起こるかも知れませんが、300個もあるとなると偶然とは言い難くなります。それでこの本では、しつこいくらい思いつく限りの例をあげています。

語彙だけでなく、文法的にも95%一致するといわれる両国語の一致点を述べるとともに、相違点として、朝鮮語での語頭の清音、子音の濁音化、子音で終わる(pattim)の存在を上げています。中国の脅威の差からくる、漢字に対する対応の違いがかな文化とハングル文化の違いとなったことを説明しています。また、米・漢字の日本列島への伝来は、遺伝子解析や濁音で始まる漢字(日本)清音でしか始まらない漢字(朝鮮)の存在から推測して、朝鮮半島経由ではなく、揚子江流域から直接、東シナ海の海流に乗ってやって来たようです。

日本語のスタートは2千数百年ほど前に北からやってきた弥生人に始まると考えられますが、その後朝鮮でも、日本でも言葉の変化がありました。日本では1946年に旧仮名遣いから新仮名遣いに変わりました。昔は旧仮名遣いで「けふ」と書いて文字通りにkehuと読んでいました。その名残は「百人一首」や「お経」や「狂言」などの伝統文化にあります。朝鮮語ではr音がn音にそして母音化する変化がみられます。またaiやoiなどの音がeに変化するということが起こっています。これらを元に戻すと接近してくる言葉もでてきます。

日本建国は670年12月であることは、高麗時代に編集された3国史記に記載されています。天智が即位して2年後です。伯村江(663)後、唐の大将が九州に進駐して数年後漸く支配権を確立した天智が翌年に日本という国号を発したということです。その後九州勢力である天武が軍事クーデターを起こしたもの、天智の娘の持統が大和勢力(藤原氏)の力を借りながら息子→妹→娘→孫(聖武)と天智の血統をつなぎながら天武と完全に別離した桓武までを描いています。これは古田史学の成果を私なりに整理したものです。独自の着眼は、実力者が天武系か天智系で、遣唐使の派遣が偏っているという点です。一読を!

2019年11月30日初版発行

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医問研編の「低線量・内部被曝の危険性」と
「甲状腺がん異常多発とこれらからの広範な障害を考える」の注文も耕文社です。