臨床薬理研・懇話会1月例会報告(NEWS No.534 p02)

臨床薬理研・懇話会1月例会報告
シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第54回
エボラウイルス病治療剤のランダム化比較試験2018

2018年大規模なエボラウイルス病 (EVD) 集団発生 (outbreak) が起こったコンゴ民主共和国で、非常に困難な状況のもとで完遂されたランダム化比較試験 (RCT) の論文です。著者たちは論文中で「科学的・倫理的に適切な臨床研究は、集団発生中において実施することが可能であり、集団発生への対応に有用な情報を提供し得る」と意気高く述べています。

Mulangu S(Congo), Davey RT, Lane HC (National Institute of Allergy and Infectious Diseases, National Institute of Health, USA) et al.  A Randomized controlled trial of Ebola virus disease therapeutics. New Eng J Med 2019; 381(24): 2293-303.

試験の名前は PALM (the Pamoja Tulinde Maisha)共同スタディで、Kiswahili語で「ともに命を救おう」の意味です。米国NIAIDほかの資金で行われました (ClinicalTrials.gov number, NCT03719586)。

「背景」では、「EVDの実験的治療剤がいくつか開発されているが、とくに有望な治療剤については安全性と有効性をRCTで評価する必要がある」と書かれています。2018年8月EVDの集団発生がコンゴで起こりました。2013-2016年の西アフリカでの集団発生では11000人を超える死者がありました。この終焉後WHOは次回の集団発生の際に実験的治療剤がどのように評価されるべきかを議論し、今回の集団発生に備えてきました。その成果として今回のPALMスタディ論文には補充資料として200ページ近いプロトコールのほか、統計的解析プランなどがウエブサイトで公開されています。この基盤の上で、この論文の臨床試験を計画実施する国際コミュニティとコンゴ民主共和国の一致した取り組みが行われました。

PALMトライアルは ZMappと3つの新しい研究薬剤とを比較しています。患者は最初 1:1:1:1 の比率でZMapp  (3種のモノクローナル抗体を混合した製剤)、レムデシビル(ヌクレオチド類似体のRNAポリメラーゼインヒビター)、Mab114 (エボラ生存者由来の1種類のモノクローナル抗体)、REGN-EB3 (3種のモノクローナル抗体を混合した製剤) に割り付けられました。ZMappは以前の PREVAILⅡトライアル結果(シリーズ第19回報告参照) をもとに対照として選びました。今回のトライアルは最初2018年11月に3群トライアルとしてデザインしました。その後2019年1月にプロトコールを更新し、REGN-EB3 を4番目の群として追加しました。REGN-EB3 群のデータはその時以降のZMappを投与した患者 (ZMappサブグループ) と比較しました。すべての患者が標準ケアを受け、プライマリーエンドポイントは28日時点の死亡としました。

結果は、2018年11月20日~2019年8月9日に681例が登録されました。2019年8月9日、データ安全性モニタリング委員会は試験の残りの期間は、患者をMab114群とREGN-EB3群にのみ割り付けるよう推奨しました。この推奨は、この2群が死亡率に関して ZMapp 群およびレムデシビル群よりも優れていることを示した中間解析結果に基づくものでした。28日時点の死亡は、Mab114群では174例中61例 (35.1%)に発生していたのに対し、ZMapp 群では169例中84例 (49.7%) であり (p=0.007)、またREGN-EB3群では155例中52例 (33.5%)に発生していたのに対し、ZMappサブグループでは154例中79例 (51.3%) でした (p=0.002)。入院前の症状の持続時間が短いことと、ベースラインのウイルス量と血清クレアチニン値およびアミノトランスフェラーゼ値が低いことは、それぞれ生存率の改善と相関していました。4件の重篤な有害事象が、試験薬剤に関連している可能性があると判断されました。

前回2014年のPREVAILⅡトライアルは、エボラウイルス病が終焉したため、試験の途中で終わりました(シリーズ第19回報告、2016年参照)。今回は当初の試験目的を達することができました。

ディスカッションでは、日本においてとりわけ顕著ですが、有効性安全性が不確かなまま早期承認を得ようとする動きが活発になっている中で、エボラウイルス病集団発生という公衆衛生危機においても、有効性安全性に劣る試験薬剤への曝露を最少にする配慮のされた、科学性を失わない適用性のある(adaptive) RCT を完遂し、その成績の論文を詳しいプロトコールなどとともに医学総合誌に発表した意義は大きく、われわれのめざす「EBMに基づく医療」を励ましているのでないかと話し合われました。

薬剤師 寺岡章雄