臨床薬理研・懇話会2020年2月例会報告(NEWS No.535 p02)

シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第55
中年期の健康なライフスタイルが、がん・循環器疾患・糖尿病がない寿命を女性では10 年、男性では7 年延長

これまで喫煙、身体活動、アルコール摂取、体重、食事の質を含む修正可能な(modifiable) ライフスタイル因子が、平均余命と慢性疾患発症の両方に影響を与えることが知られていました。しかし、これらのライフスタイル因子の組み合わせが、がん・循環器疾患・糖尿病がない寿命にどの程度影響するかを包括的に明らかにした研究はほとんどありませんでした。この研究は、米国・ハーバード大学公衆衛生大学院のYanping Li 氏らによる観察研究で、健康なライフスタイルがどの程度に主要な慢性疾患のない余命に関連するかを調べた、前向きのコホートスタディです。

Yanping Li  et al. Healthy lifestyle and life expectancy free of cancer, cardiovascular disease, and type 2 diabetes: prospective cohort study. BMJ 2020;368:16669. (フリーオープンアクセス)

用いた医療情報データは、米国の看護師健康研究 (1980-2014; n=73196) と医療専門家(health professionals) フォローアップ研究(1986-2014; n=38366)です。主要な曝露は、5つの低リスクライフスタイル因子 (low risk lifestyle factors) で、非喫煙、BMI (体重と身長の関係から算出されるヒトの肥満度を表す体格指数:体重kg/身長mの2乗) 18.5-24.9、適度ないし活発な身体活動 (1 日 30 分以上)、適度なアルコール摂取(女性: 1日5-15g、男性: 1日5-30g)、食事の質のスコアが高い(各コホートで上位40%に属する)です。主要なアウトカムは、がん・循環器疾患・2型糖尿病の3つの慢性疾患のない余命です。

食事の質のスコアは、Alternate Healthy Eating Index (AHEI) を用いて評価しています。14コンポーネントのスコアリングシステムで、7つの食品群、l)果物、2)野菜、3) 穀物、4) 加糖飲料・フルーツジュース、    5) ナッツ・豆、6) 赤肉・プロセス肉、7)アルコールと4つの栄養素 (nutrients)、ならびに8)トランス脂肪酸、9) ポリ不飽和脂肪酸、10)長鎖オメガ—3 脂肪酸、11)食塩から構成されています。穀物とアルコール摂取の限度値については女性と男性で異なった値です。

参加者への質問票送付は2年ごとに行いました。著者たちは、この研究の大きな強みは2つの大きなコホートの漏れが小さい長期フォローアップと繰り返し行う詳細なライフスタイル因子の測定で、長期間のライフスタイル因子のダイナミックな変化を考慮したところにあると述べています。

女性 227 万 0411 人年、男性93 万 0201 人年のフォローアップ中に、3 万 4383 人(女性 2 万 1344 人、男性 l 万 3039人)の死亡が記録されています。結果は、 4 ないし5 の低リスクライフスタイル因子を実践した50 歳の女性は、がん・循環器疾患.糖尿病がない余命が34.4 年 (95%信頼区間 33.1-35.5 年)でした。一方、これらの低リスクライフスタイル因子を実践しない50 歳の女性では23.7年(22.6-24.7年)でした。 4ないし5の低リスクライフスタイル因子を実践した50歳の男性の、がん・循環器疾患・糖尿病がない余命は31.1 年(29.5-32.5年)でした。一方、これらの低リスクライフスタイル因子を実践しないい50歳男性では23.5年 (22.3-24.7 年)でした。

50歳時点の総平均余命に対する慢性疾患のない平均余命の割合は、ヘビースモーカー(紙巻きタバコ 1 日15 本以上)の男性や、肥満 (BMI 30以上)の男性および女性で最も低く、いずれも75%以下でした。

このように、中年期の健康なライフスタイルの維持は主要な慢性疾患のない余命と関係しており、健康なライフスタイルを実践する50 歳の女性は、がん・循環器疾患・糖尿病がない余命が10.6年(10.0-11.3 年)長く、同じく50歳の男性では余命が7.6 年 (6.8-8.4 年)長いことが判明しました。

その他のデータでは、低リスク生活様式の実践数が多い参加者は、マルチビタミンサプリメントおよびアスピリンの服用者が多い傾向がみられたことが報告されています。

ほとんどの人は、たばこを吸わないこと、太りすぎでないこと、適度ないし活発な身体活動、適度のアルコール摂取、質の高い食事の摂取が、自分の健康に良いことは知っています。しかしどの程度に体に良いのか、数量的には知っていません。

ハーバード大学の研究者たちは、50歳の111000人の人々を35年近く前向きに追跡したデータを分析しました。主要エンドポイントは、がん、循環器疾患、糖尿病のない余命です。高齢化社会のなかでがんでなくなる人が増えています。今回のデータは、がんを含む三大慢性疾患のないデータであることが注目されます。このデータに基づき医療専門家は50歳の患者に対し、健康なライフスタイルを維持すれば、女性では10年、男性では7年も長く、がん、循環器疾患、糖尿病のない余命を過ごせることを具体的に告げることができ、その意義は大きいものがあります。

薬剤師 寺岡章雄