日本版CDC創設に反対しよう(NEWS No.536 p07)

安倍首相は3月3日の参院予算委員会で、新型コロナウイルス感染症(COVID19)拡大を受けた政府の今後の体制整備について「米国の疾病対策センター(CDC)のような組織も念頭に置きながら、組織を強化していくことは重要な視点だ」と述べた。首相は「感染症の危機管理体制の不断の見直しを進め、対応力を一層高めていきたい」とも語った。

COVID-19への対応において、日本には米国や中国にあるCDCのような司令塔がないために対策が効果的に行なわれていないのではないかという議論が起こっている。『Voice』2020年5月号に掲載された渋谷 健司氏(英キングス・カレッジ・ロンドン教授)の主張を見てみよう。

「まず、健康危機対応は国家安全保障であること、そのためには「想定外を想定できる組織」、すなわち、自己完結しインテリジェンスとロジスティックスを兼ね備えた軍隊的組織が必要であること、の二点である。(中略)米国CDCはまさに軍隊的組織形態になっており、幹部は制服を着ている。日本には感染症研究所があるという議論があるが、研究所では国を守ることはできない。感染研スタッフの大半は基礎研究者であり、CDCのように健康危機対応のためのインテリジェンスや感染制御を担当するスタッフはほとんどいない。」「日本版CDCが機能するためには、三つの条件がある。まず、自己完結した軍隊的組織であること。次に、ガバナンス的に独立したプロ集団であり、科学が政治に左右されることなく提言ができること。そして、インテリジェンスとロジスティックスにおいて圧倒的なリソースをもつこと、である。この三つを満たす組織は、日本には存在しない。(中略)また、政治と科学の分離も必要であろう。米国CDCは保健福祉省に属しているが、科学的提案のための意思決定は独立している。日本の場合、新型コロナウイルスの専門家会議は官邸につくられており、その機能は不明瞭だ。」

感染症対策を含めて健康危機対応は国家安全保障であり、軍隊的組織であるCDCが危機管理のために必要があるという主張であり、CDCの本質をあけすけに語っている。

米国CDCの組織を概観してみよう。年間予算約8000億円、海外の支部も含めた総職員数は約1万4000人。因みに日本の国立感染症研究所は人員が約300人、予算が約80億円。

CDCは公式には第2次世界大戦中の「国防マラリア対策活動局」などがその起源とされているようだ。その中枢組織が「感染症情報局(EIS)」で、情報機関の機能を持つ。EISは1951年、朝鮮戦争で高まったバイオテロの脅威に備えて医師らを訓練したのが始まりで、いまもバイオテロへの対応を視野に置いている。毎年約70人が2年間の任期で採用され、訓練を受けつつ活動する。常時150人規模の態勢になっている。国際機関や各国政府・研究機関に人材を輩出し、グローバルな人脈と情報網を築いている。米国は脅威が叫ばれ始めた90年代から新興・再興感染症対策を本格化させ、2001年、同時多発テロ後の炭疽菌事件を機にバイオテロ対策を一段と強化した。CDCは21世紀の使命の一つに「国境に到達する前に疾病と戦う」と掲げ、「米国の安全保障のために世界中の新たな病原体や疾病に立ち向かう」としている。感染症を安全保障上の脅威だと位置づけている。現場にいち早く入って病原体を入手すればバイオテロ対策などでも世界的に優位に立てる。他国の医師らから「米国は現場にはすぐ来て、検体を集めるのには熱心だが、治療はそれほどでもない」といった批判が出ている。

生物、化学、核兵器防護を任とする陸上自衛隊・化学科隊員を経て、イラク先遣隊長となった佐藤正久参院議員は、「感染症対策は国家の危機管理であり、国民の命と生活を守る「国防」そのもの」と主張している。COVID-19対策における自衛隊の出動も増えている。3月28日、河野防衛相が水際対策強化のため、自衛隊に災害派遣命令を出した。海外からの帰国便が相次ぐ成田、羽田両空港に医官や看護官を派遣し、PCR検査を担当、帰国者を滞在施設に送る業務を含め、約120人の隊員が働いた。今回は緊急を要するという口実で自衛隊の自主派遣となっている。集団感染したクルーズ船の対処では延べ5千人の隊員が任務に当たった。4月4日には長崎、宮城両県知事の要請を受け、長崎では感染者を海自のヘリコプターで搬送し、宮城では仙台の自衛隊病院で一部のPCR検査を実施した。今後、患者の搬送はもとより、医薬品や緊急物資の輸送、ホテルのゾーニング(清潔区域と不潔区域の区分け)、消毒作業や生活支援などでの自衛隊の出番をうかがっているようだ。

安倍首相が想定している日本版CDCは感染症に対する危機管理を最大使命として、緊急事態宣言や私権抑制のために機能する恐れがつよい。科学的根拠に基づく感染症対策を提言するような専門家が主導権を持ち、市民が組織を監視しうるような体制をとらなければ、日本版CDC創設は人権上も感染症対策としても危険だと思われる。

いわくら病院 梅田