臨床薬理研・懇話会2020年5月ウェブ例会報告(NEWS No.537 p02)

臨床薬理研・懇話会2020年5月ウェブ例会報告
シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第57回
糖尿病治療剤の心血管害作用と有用性

糖尿病治療剤は、その有用性についてのエビデンスが乏しいにもかかわらず、高額の医療費を費やして広く処方されています。高血糖を下げることが心筋梗塞・脳卒中などの心血管イベントの予防につながるなどを期待して処方されます。しかし、そうした期待される薬効とは真逆の方向の心血管への害作用が大きな問題となってきた薬剤でもあります。

日本では糖尿病治療剤が、血糖降下の代替指標だけで販売承認がなされてきています。しかし、米国では、muraglitazar , rosiglitazoneなどの心血管害作用が問題となったことを契機として、2008年以降心血管アウトカムトライアル (CVOTs)と呼ばれる、心血管害作用のリスクが一定範囲内であることを示す臨床試験を求めてきました。その心血管イベントの軽減を期待する薬剤に課せられる試験としては「不釣り合い」な内容とともに、二本立てで規制するという意味で「不正常な規則」でした。

2020年3月、米国FDAはこの12年間心血管害作用のリスクが一定範囲以上の薬剤がなく、逆にリスクを低下させる薬剤も出てきているとして、CVOTsをしなくともよい新たなガイダンスを発表しました。CVOTsを廃止する替わりに、第3相試験に必要な内容について改善がなされました。

このFDAの新しいガイダンスは、今もなお血糖降下作用の指標だけで糖尿病治療剤が販売承認・薬価収載されている日本においては知っておくべきことです。米国ではこのような重要な問題については、資料を揃え公聴会、ついでFDA諮問委員会でのひとりひとりの委員の意見を明らかにして採決がされるなど、日本の現状とは格段の違いのある情報公開がされています。この諮問委員会でのCVOTs廃止についての採決が、賛成10、反対9の僅差であったことにも、糖尿病治療剤の心血管害作用リスクという問題の深刻さが反映されています。

今回の例会報告はページをいつもより多くして、今後につながる糖尿病治療剤の心血管リスクの問題に関連して、新旧ガイダンスの内容とともに、旧ガイダンスの下で実施されたすべてのCVOTsを検討し、心血管害作用のリスクが過小評価されていると指摘した、米国の新ガイダンス発表と同時期に日本で出版された新着文献での問題提起とともに取り上げます。この論文は糖化ヘモグロビン (HbA1c) が代替エンドポイントとして適切かに関連した問題点も投げかけています。

Rumiko Shimazawa & Masayuki Ikeda. Journal of Pharmaceutical Policy and Practice 2020 (フリ—オープンアクセス)

糖尿病治療剤の乏しいエビデンス

糖尿病は世界的に増え続けている疾患であり、国際糖尿病連合によれば、2014年度有病率(割合)は8.3%にも上ります。現在の国内患者数は1000万人を超えるとも言われており、国民病的な存在です。薬事ハンドブック2019によれば、2017年度の糖尿病治療薬市場は約5250億円にも上っています。

しかし、2型糖尿病剤が有効・有用であるというエビデンスは極めて乏しいのです。

世界で第一選択薬とされているメトホルミンですが、メトホルミンの心血管効果は20年以上前に行われた英国プロスペクティブ(前向き)糖尿病研究 (UKPDS)での342例という少人数のサブグループでの成績に基づくものです。その後、CVOTsが求められるようになった糖尿病治療剤に期待される薬効とは逆方向の心血管リスクの増加が問題となる状況がありました。2016年、はじめてGLP-1受容体作動剤リラグリチドが心血管イベントを減少させたと話題になりました。しかし、シリーズ17回で取り上げたように、論文を検討するとこの試験は二重遮蔽試験とはなっていますが、実際は血糖値の変化、GLP-1受容体に共通する体重の減少、消化器系の異常症状などにより医師には早い時期から実薬とプラセボのどちらかがわかります。もともと日常の血糖コントロールにリラグリチドを上乗せする試験デザインで血糖値によって調整している形です。二重遮蔽が崩れていたとみられ、そのことが矛盾したデータとして示されていました。SGLT阻害剤エンパグリフロジンの場合も同様で、血糖値低下、脱水、尿量増加で割り付けの推測が容易であり、二重遮蔽が崩れていた可能性が高く、そのことはプラセボ群生存曲線の42週からのあり得ない不自然さを見れば明白です。両方ともエビデンスが得られたとはとても言えないものでした (http://ebm-jp.com/2016/11/news-492-2016-08-p02/)。

2008旧ガイドライン

ガイダンスのタイトルは「糖尿病に関する企業に向けたガイダンス —2型糖尿病を治療する新しい抗糖尿病薬剤における心血管リスクの評価; 有用性 (availability) 」です。

muraglitazar , rosiglitazoneなどの心血管害作用が問題となったことを契機として、心血管アウトカムトライアル (CVOTs)と呼ばれる、心血管害作用のリスクが一定範囲内であることを示す臨床試験を求めるものです。

心血管リスクへの関心が高まった:もう一つの契機に、ACCORD Trial (The Action to Control Cardiovascular Risk in Diabetes Study Group)の結果がありました。このランダム化比較試験は、2型糖尿病における徹底した (intensive):血糖低下の影響 (効果)を調べる目的で行われました。標準的な治療 (目標HbA1c 7-7.9%)と徹底した血糖降下 (目標HbA1c 6%以下)を比較し、プライマリー複合アウトカムは非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中、心血管が原因の死亡でした。この試験で標準治療群では死亡が203件であったのに対し、徹底した血糖降下群では257例と有意に多かったのです (ハザード比1.22、95%信頼区間1.01-1.46、p=0.04)。

これらの試験結果を受けてFDAは2型糖尿病治療剤の承認前、承認後の心血管リスク評価について諮問委員会で議論し、過剰な心血管リスクを取り除く推奨をしました。多数の委員がハザード比.1.2-1.4が上限と感じており、試験期間の延長と高リスク患者を試験に含むことが示唆されました。FDAはガイダンスを出版、新薬はCVOTsを必要とし、1) 独立の心血管エンドポイント委員会の設置、2) 第2、第3相試験は十分な評価を可能とする高リスクの患者を含む、3) 販売前に両側95%信頼区間の上限が1.8以下であることの確認、4) 市販後に両側95%信頼区間の上限が1.3以下であることを確認することが推奨されました。

このようにして行われたCVOTsについてFDAは後に、試験は「プラセボコントロール」と記載されたが、追加の血糖降下治療が許容されたので、比較群は真のプラセボ群でないことに注意すべきと、2018年開催の諮問委員会で述べています。

2020新ガイドライン

2020年の新ガイドラインのタイトルは「2型糖尿病: 血糖コントロール改善のための新薬の安全性の評価 企業向けのガイダンス」です。旧ガイドラインを廃止し、2型糖尿病患者での血糖コントロールの改善のために長期にわたり用いられる薬剤に必要な安全データペースのサイズと性質について推奨しています。

A. 安全性データベース (safety database) のサイズ

血糖コントロールのための新薬の販売申請に用いる安全性データベースは controlled clinical trials から得られたデータが必要で、次の曝露の controlled clinical trials 拡張条件を満たす必要がある

1) 第3相臨床試験における新薬への曝露は少なくとも4000患者-年が必要 (この曝露は第3相臨床試験において研究されたすべての dosage strengths を含む)

2) 少なくとも1500例の患者が新薬に少なくとも1年以上曝露が必要

3) 少なくとも500例の患者が新薬に少なくとも2年以上曝露が必要

B. 開発プログラムにおける患者特性

2型糖尿病患者はしばしば併存する疾患 (comorbid conditions) ないし糖尿病に関係する合併症 (diabetes-associated complications) (例えば慢性腎疾患、心血管疾患) を有する。それゆえに血糖コントロールを改善する新薬の安全性を評価する際には、心血管疾患、慢性腎疾患を有する患者や高齢の患者を意義のある数で含む医薬品使用母集団において評価することが重要である。

スポンサーが血糖コントロールのための新薬の販売承認申請を行うにあたり、安全性データベースは第3相試験において次の内容の年齢、共存疾患ないし合併症の患者でのデータが必要である。

1) 新薬に曝露した少なくとも500例のステージ3/4の慢性腎疾患患者

2) 新薬に曝露した少なくとも600例の確立した心血管疾患の患者 (例えば心筋梗塞の既往のある患者、冠動脈疾患罹患の記録がある患者、脳卒中の既往のある患者,末梢血管疾患の患者)

3) 新薬に曝露した少なくとも600例の65歳以上の患者

これら3つの条件の1つ以上に合致する患者を認めた際には、スポンサーはこれらの条件の少なくとも1つ以上を満たす少なくとも1200例以上の患者を目標とする必要がある。

CVOTsデータを検討した2020年国際誌発表の日本論文での指摘

タイトルは「2型糖尿病における心血管アウトカムトライアルにおける治療群とプラセボ群との血糖コントロールでの不釣り合い」です。

[著者抄録から]

今回の研究目的はこのCVOTsにおける「血糖コントロール」について調べることである。

CVOTsを要求した非劣性臨床試験の特定にはClinicalTrials.gov.を選んだ。

結果: FDAガイダンスに従って行われ、2018年12月時点で出版されている12のCVOTsが同定された。参加者たちは既存治療に加えて、実薬治療または「プラセボ」治療のいずれかを受けていた。プラセボ治療群のHbA1c濃度は治療群よりも高いという想定 (assumption) によって、すべての患者が適切なHbA1c目標に達するのを援助するために、オープンラベルの血糖降下剤の地域(local) ガイドラインに従った使用が推奨された。結果として10のCVOTsにおいて、試験の間に追加の血糖降下剤を受けた患者の数が、治療群におけるよりもプラセボ群に多かった。CVOTsは群間の血糖コントロールに不均衡を生じることを避けてデザインされたにもかかわらず、観察期間を通じてすべてのCVOTsにおいて、HbA1c濃度は治療群におけるよりもプラセボ群においてかなり高かった。プラセボ群における劣った血糖コントロールは、どのCVOTsにおいてもアウトカムの解析において考慮されなかった。

結論: プラセボ群の参加者が臨床試験の間に治療群と比較して、予期せぬ劣った血糖コントロールを示したことで、血糖降下剤新薬の安全性有効性が過大に評価された(inflated)可能性がある。この不つり合いはデータの解釈をゆがめ、新薬のリスクを遮へいした可能性がある。HbA1c濃度に対する調整をした再解析が、これらのCVOTsの結果が治療群とプラセボ群との血糖コントロールの違いによってゆがめられたかを決定し、新薬が血糖コントロールとは独立した治療効果を示せるかを決定するであろう。

著者たちはこの他、本文で試験を通じて治療群の低いHbA1c濃度が必ずしも2型糖尿病患者の心血管アウトカムを改善しないことを見出し、糖化ヘモグロビンの生物学的差異 (variation) がHbA1cを2型糖尿病の代替マーカーとするうえで、validation (妥当性の立証)のための新たな研究方向としています。

当日のディスカッション

ディスカッションでは、著者たちの論理展開がもうひとつピンとこない、また著者たちは治療群と「プラセボ群」との観察された差異が血糖コントロールと独立したものであるかについて、CVOTsのすべてに血糖コントロールの不釣り合いが存在するため補正できないとしている、しかしこの2つを明瞭に区別できるランダム化比較臨床試験デザインが現実に可能なのだろうか、などの疑問が出されました。

そうした点はあるが、CVOTsのプラセボ群が真のプラセボでなく血糖コントロールのために追加の糖尿病治療剤が使用されており、このことが新薬の安全性を過大評価しているとの指摘はその通りで、糖尿病治療剤の心血管リスクの問題は解決していないことを示しており、今回はその点を受け止めておきたいということになりました。

薬剤師 寺岡章雄