文献紹介「『生活習慣』と『早期発見』が鍵」(NEWS No.538 p08)

先月25日毎日新聞のコラム「Dr.中川の がんのヒミツ」に「『生活習慣』と『早期発見』が鍵」と題する中川恵一・東大准教授の提言が掲載されました。「私はがん治療専門医で、東京大病院で放射線治療や緩和ケアの臨床を35年も行っています」、厚労省や文科省の「公職も務めてきました」との自己紹介のあと、「完全無症状」であった自身の膀胱がん発見の経緯を述べています。

約5年前に、自身の脂肪肝を自分で超音波(エコー)検査にて発見して以来、毎月のエコー検査を続けて昨年12月に膀胱がんの発見に至ります。「早期発見は当面の生活の質の悪化と引き換えに、将来の時間を手にする行為です」「がんにならない生活習慣(大事なのは禁煙、節酒、運動、体形の維持)を心掛けることがまず大事・・(中略)・・運悪くがんになった場合に備えておく必要があります。それが早期発見です。」と述べていました。

一個人の「症例報告」を根拠材料の一つとして取り上げ、一般の新聞読者に「がんの早期発見」、即ち「がん検診」を推奨していることに「そんなこと、していいの?」と感じました。なお、Trisha Greenhalgh著「HOW TO READ A PAPER」(論文の読み方:和訳本『EBMがわかる』)では、臨床実践の証拠(エビデンス)は7段階で評価されており、最上位に「体系的評価(システマティックレビュー)とメタ分析(複数の試験の数値結果を統計学的に統合したデータ)」、最下位は「症例報告」と位置づけています。

この記事のころ、「Does screening for disease save lives in asymptomatic adults? Systematic review of meta-analyses and randomized trials (疾病検診は無症状の成人を救命するのか? メタ分析と無作為化試験の体系的評価)」を読んでいたので、より強く違和感を抱いたのかもしれません。出典はInternational Journal of Epidemiology(国際疫学協会の公用誌) 掲載で、引用文献は110件、著者らはStanford Prevention Research(予防研究) Center所属です。

昨年来取り上げていますBMJ(イギリス医師会雑誌)掲載の「がん検診は命を救うと、なぜ今までに証明されたことがないのか—我々がその状況に関して出来ることは何か」(bmj.h6080で検索可能)の中で述べられていた次の指摘の引用文献です。「がんスクリーニング試験のメタ分析を集めてシステマティックレビューすると、メタ分析10件のうち3件が疾患特異的死亡率の減少を示したが、総死亡率の減少を示したメタ分析はなかった。」

著者らは死亡が一般的な結果である疾患群での死亡率がスクリーニング(検診)によって減少するかどうかに関して、無作為化比較試験(RCT)によるエビデンス(証拠)を体系的に評価しました。調査した文献検索サイトはUS Preventive Services Task Force(USPSTF:米国予防医学専門委員会)、体系的評価に関するコクランデータベース 、およびPubMed(パブメド)で、各サイトでの検索経緯は図示されていました。

USPSTFは成人の疾病を様々な臨床範囲に分類して検診の推奨を行っていました。著者らは、がん・心臓血管系疾患・2型糖尿病・慢性閉塞性肺疾患に焦点を当てました。これらの疾患にとって死亡は一般的なアウトカム(結果)だからです。取り上げた疾患についての検診リストをまとめ、USPSTFがどの検診を推奨しているか、検診には死亡をアウトカムとするランダム化(無作為化)した証拠があるかどうかを評価しました。

USPSTFは19の疾患群に対する39種のスクリーニング検査の評価を提供しています。その中でスクリーニングを勧める6疾患に対して14種の検査がある中で12種を推奨していましたが、死亡率をRCTで調査しているのは5疾患(乳がん・子宮頸がん・結腸直腸がん・腹部大動脈瘤・2型糖尿病)に対する検査で、スクリーニング検査39種のなかでは11種の検査のみでした。

メタ分析に関するコクランとパブメドの検索では、それぞれ595および125の項目が提示され、その内コクランより12、パブメドからは44のメタ分析が採用基準(クライテリア)に合致。最終的には8種のスクリーニング検査を含む8件のメタ分析、および著者らが独自にメタ分析をしたCTによる肺がん検診のデータが追加されます。

スクリーニング検査に対する個々の試験(トライアル)はパブメドで検索されます。ヒットした590項目の中から,83の試験が評価対象となり(もちろん、除外理由とそれぞれの除外対象試験数は図示あり)、その中から40試験がクライテリアを通過。先に挙げた8件のメタ分析に含まれていた36試験とも照合して、最終的には48のランダム化試験がシステマティックレビューの対象文献となっていました。

レビューでは各スクリーニングのRCTトライアルのメタ分析が表示されていました。その中での総死亡率のリスク評価は全て、その95%信頼区間に「1」を含んでおり、総死亡率の減少は証明されていませんでした。

一つの結論に到達するまでの膨大な調査活動に圧倒されました。

(伊集院)